第二章 人間か、人魚か
14:人心地
食事が終わると、セリアはカイルたちに部屋まで案内された。その途中で、まだやることがあるらしいウェルナーと別れ、三人はいつの間にか、両端にたくさんの扉が並列する通路にたどり着いた。
「ここ全部が寝室だよ。二人一組で使ってる。右側が男性用で、左側が女性用」
言いながら、カイルは並ぶ扉のうちの一つを軽くノックし、開けた。
「ここが俺の部屋だよ。もう一人はまだ外にいるみたいだけど」
部屋には、簡易的な寝台が二つと、小さいテーブルが一つ置かれているだけの、なんとも殺風景な部屋だった。ここは地下なので、もちろん窓は設けられていない。
「サリムはどこで寝るの?」
「人魚たち? この通路のもっと奥に、広々とした場所があって、そこでみんな寝泊まりしてるよ」
「へえ……」
「明日案内するよ」
「本当に? ありがとう!」
どんな風に人魚が暮らしているのか興味があったセリアは、カイルの心遣いに内心飛び上がった。
「じゃあ次はセリアの部屋だね。今空いてる部屋はたぶんここかな」
カイルの部屋のちょうど真向かいだ。
カイルは細い水路を飛び越えて、扉の前に立ち、軽くノックをした。
「サンドラさん、いらっしゃいますか? この前お話ししたセリアを連れてきたんですけど」
「ああ、どうぞ」
返事はすぐに帰ってきた。ドアを開けようと、カイルはドアノブに手をかけたが、彼が開けるよりも早く、中からドアが開く。
「いらっしゃい。話は聞いてるよ」
中から突然にゅっと大柄な女性が姿を現し、セリアは一瞬ひるんだ。が、すぐに我に返り、慌てて頭を下げた。
「あの、私、セリアと言います。これからここに住まわせて貰います。よろしくお願いします」
「そんな堅苦しい返事しなくてもいいって。ほら、入んな」
サンドラは、鷹揚に片手を広げ、セリアを迎え入れた。カイルも後に続こうとしたが、すんでの所でサンドラに制される。
「おっと、ここは男子禁制だよ。カイル、遠慮してくれるかい?」
「ええ? でもまだここの説明をしようと……」
「そういうことは同室のあたしがやらせてもらうよ。それにもうあたしゃ眠いんだ。三人も子供の相手はしてらんないよ」
シッシと手で振り払う仕草をされ、カイルは渋々引き下がった。ドアの前まで下がり、セリアに力なく微笑む。
「じゃあ、申し訳ないけど、後はサンドラさんに聞いてくれる?」
「はいはい、帰った帰った」
「お姉ちゃん、また明日の朝迎えに来るからね。一緒に朝ご飯食べて、ここを案内させてね」
「おうおう、健気なこったね」
いちいち茶々を入れてくるサンドラには負けず、カイルとサリムはそれぞれ手を振ると、ゆっくりドアを閉めた。
いきなり初めて会った人と二人きりにされ、セリアは少々怖じ気づいていた。彼女のような気安い性格の人とは今まであまり接したことがないせいもある。
もしかして、私は歓迎されていないのではないか。
そう思ってセリアが自信なげに上目遣いでサンドラを見上げれば、パチッと視線が交錯した。
「あたしはサンドラ。これからよろしく、セリア」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
右手を差し出されたので、セリアは慌ててその手を握った。痛みすら感じる握手だが、なんだか心地よくも感じられた。
少し顔を上げれば、こっちが気持ちが良くなるくらい元気に笑うサンドラ。その笑みの面影が、一瞬誰かに似ているような気もしたが、すぐに気のせいかと思い直した。もともと、セリアに知り合いなどほとんどいないのだから。
「セリアはこっちのベッドね。テーブルは共用。ここでご飯を食べてもいいけど、あたしはいつも広場で食べてるよ」
「ここの皆さんで食べるんですか? 賑やかでいいですね」
「明日からは、あんたもその輪には入れるようになるよ。ここの皆は人懐っこいからね。地上の話をしてってすぐに群がってくるだろうよ」
サンドラは右のベッドに腰掛けた。だが、やがてきょろきょろと辺りを見回し、やがてセリアに視線をとめる。彼女の額には皺が寄っていた。
「……それにしたってあんた、なんだか臭うね。確か、十日くらい牢屋に入れられてたんだっけ」
「す、すみません……」
セリアは項垂れた。随分長い間水浴びしていないことは気にはなっていたが、まさかこんなに顔をしかめられるほど臭っていたとは。
こんな状態で一緒にご飯を食べてもらったカイルやサリム、ウェルナーにセリアは申し訳なく思った。
「女の子だったら気になるよね。そうだ、明日朝一に水浴びできる場所に案内してあげるよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
思わず破顔して礼を述べたセリアだが、すぐにその表情のまま固まった。
「あ、で、でも、明日はサリムたちが神殿を案内してくれるって……」
「午後からでもいいんじゃない? 身体をきれいにする方が先決さ」
「そ、そうでしょうか」
それでもセリアの顔は浮かない。朝一に来ると宣言してくれたのに、水浴びするからと追い返すような真似をして怒らないだろうか。決して二人がそんな人だとは思わないが、どうにも自信のないセリアである。
「とまあ、だいたいの説明はこんな感じかな。あと、何か聞きたいことはある?」
「だ、大丈夫です」
何が何だか分からない今、自分が分からないことすら分からない状態なので、セリアはひたすらにこくこくっと首を縦に振った。
「じゃあもう寝るか。あんたも疲れたろう」
「あ、はい。もうそんな時間なんですね」
セリアは目を瞬かせた。太陽の光がないせいで、セリアの中の体内時計が狂っているのだ。
どうやって時間を確認しているのか、明日になったら聞いてみようと小さく決意し、セリアはベッドの中に潜り込んだ。牢屋の固い地面とは大違いな柔らかい感触に、セリアはしばし感動した。それどころか、自分の家のベッドよりも心地いいかもしれない。セリアのベッドは、もう何年も使い古されていて、ぺちゃんこなのだ。それに比べてこのベッド。ふわふわで、暖かい。こんなベッドなら、優に寝過ごしてしまいそうだと、そんな幸せなことを考えながら、セリアはスーッと眠りについた。