45:可愛い子だのう


 旧校舎爆発事件は、三子達が考えていた以上に、お咎めもなく無事収束した。意外なことに、収束に一役買ったのは健介だった。彼は、幽霊のことが全く見えないので、目の前で旧校舎が吹き飛んだのは、台風の仕業だと思ったらしい。興奮冷めやらぬ様子で、「すごかったですよ! ヤバかったですよ!」と言われてしまえば、同じく純粋な教師達は、「そうか……。危なかったんだな」とむしろ生徒たちの無事を喜んでくれた。
 だが、うまく事件が収まったと言っても、旧校舎が盛大に吹っ飛んでしまったのは事実である。今までは、伊礼山から降り立ってくる霊を、その通り道である旧校舎に閉じ込めることで、他の地域に霊が散らばるのを阻止していたのだが、旧校舎が塵となってしまった今、その仕組みももはや立て直すことは不可能だ。日南市の霊を管理している志藤家、仁科家が、総力を挙げてこの事態をなんとかするらしいと、三子は修平から聞き及んでいた。

「だから、あの事件はもう過ぎ去ったことだし、俺たちには出る幕はない」

 三子達三人は、学校が終わった後、修平の家に集められた。何やら真剣な顔で家に来て欲しいと言われたので、断る理由も特になかったのだ。

「でも、さすがにあれはないだろう! もっとニハは力を制御する術を身につけるべきだ!」

 ダンッと、修平は机を叩いた。だが、当の本人ニハは、どこ吹く風である。

『あのときはあれしか手段がなかったんだから仕方ないじゃない。確かにやり過ぎたとは思うけど、一応成功したんだから、そんなに目くじら立てることもないわよ』
「怒るに決まってるだろ! 俺はあの後三時間も爺ちゃんに怒られたんだぞ!」

 髪を振り乱して修平は叫んだ。確かに、彼の顔は少々げっそりしているようにも見えた。今日、学校に二時間も遅刻してきたのは、その辺りが関係しているらしい。

「……確かに、今回はうまくいった。だが、次似たようなことが起こったとき、またああいう風に始末するつもりか? もうちょっと限度ってものを考えろよ」
『無理よ無理ー。あたし、コントロールとか考えずに、ただただ霊力をぶっ放すことしかしてこなかったから。そうとしか教えてこられなかったもの』

 飄々と修平の怒りを躱すニハに、修平は頭を抱えた。

「だとしたら、お前の家はどんな修行をしてきたんだよ……。問題がありすぎだ」
『その家その家に必要となってくる力の使い方ってものがあるのよ。あたしの場合は、力が全てだったってだけ』
「…………」

 修平は難しい顔で黙り込んだ。確かに、彼女の話は一理あると思ったのだ。だが、その考えのままで、この先ずっと通用するかも分からない。

「……よし、分かった」

 修平は小さく頷くと、顔を上げた。

「俺がお前たちを特訓してやる」
『――はあっ! 冗談言わないで』

 特訓などと偉そうに口にされ、ニハが黙っていられるわけがない。「お前達」と、いつの間にか自分も話に巻き込まれているらしいと気づいたイチも、慌てて割って入る。

『そうだそうだ! なんで俺たちがお前に教えられないといけないんだよ!』
「あんな使い方してたら、いつか身を滅ぼすぞ! 矢代にだって迷惑がかかるかも知れない!」
『うっ』

 それを言われてしまえば、ニハもイチも痛い。ギリギリと歯ぎしりをするしかなかった。

「別に変なことをするわけじゃない。力の制御は、できないよりはできた方が良いだろ?」
『それは……そうだけど』
「とりあえずやってみないか? それでも性に合わないようだったら俺も考え直すし」
『…………』
「……この前、俺がお前達の修行に付き合ってやっただろ?」
『…………』

 雁字搦めである。もとはといえば、修平が浄霊を教えて欲しいと言うことで修行をつけてあげたはずが、どうして全くの逆の立ち位置になっているのか。
 ついにニハは観念して立ち上がった。

『もう、分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば』
『しゃーねーなー』
『じゃあさんこ。交代しましょう』

 三子とニハは向き直った。霊力が使いやすいよう、ニハが三子の中に入るためだ。だが、それを制止するのは修平だ。

「いや、その必要はない」
『なんで?』
「お前達の場合、桁違いの霊力があると思うからコントロールがきかないんだ。まずは、少しずつ霊力を制御する術を身につけなければ。そのままの姿で特訓するぞ」
「で、でも、危険なんじゃ……」

 幽体のままで霊力を使うと言うことは、そのまま生命力をも危険にさらすと言うことだ。三子は不安げに眉を寄せるが、修平はあっけらかんとしていた。

「ちょっとずつ使うから大丈夫だ。今回の修行は、あくまでコントロールであって、大した霊力は必要ない」
「そ、うなんだ……」
「矢代はまた勝手に部屋で寛いでていいから」
「う、うん……」

 頼もしい後ろ姿で、三人はそのまま部屋を出て行った。三子はなんだか肩すかしを食らったような気分だった。自分以外のみんなが頑張るばかりで、自分は何の役にも立たない。どうすれば力になれるんだろうと、三子はぼんやり考えていた。


*****


 修行は、夕方まで続いた。冬が近い今の時期は、日が落ちるのも早く、三人は早々に修行を切り上げたのだ。

「どうだったの?」

 どことなくげっそりした顔で戻ってきたニハ、イチに三子は尋ねた。

『どうしたもこうしたも……何なのよ、あれ』
『あいつ、いろんな意味でヤバいだろ……。十メートルも離れた針の穴に霊力を通すって……頭大丈夫か? んなのできるわけないだろうが』

 それぞれ畳に伏す様からは、容易に疲労感がうかがい知れた。だが、彼らの師匠である修平は疲れた様子などみじんも見せなかった。

「あれくらい普通だろ。なに、修行を積めば一年でできるようになる」
『いちっ……!? そんなチマチマやれるわけないでしょーが!』

 思わずニハがいきり立って叫んだ。対する修平はけろっとしている。

「できるだろ。あの修行は家でもどこでもできるのが利点だな。暇なときに繰り返しやることだ」
『あれを毎日やるって……? 冗談じゃないわ』

 ニハは顔を引きつらせた。そうしてぶるりと身を震わせると、きっと三子を振り返った。

『んもう! 帰るわよ、さんこ!! こんな所にいたら頭がおかしくなっちゃいそう!』

 髪を振り乱して出て行くニハに、三子も慌てて学生鞄を手に持った。

「あ、ありがとう。じゃあ今日はこれで」
「ああ、気をつて帰れよ。お前達も修行を忘れずに」
『やなこった!』

 折角修行をつけてもらったというのに、なんという言い草だろうか。修平も呆れている。

「一週間後にまた成果を見るからな。ちょっとも成長してなかったらどうなるか分かってるよな……?」
『ああもう! うるさいうるさいー! そのときはそのときよ!』

 廊下を駆け抜けながら、ニハが叫ぶ。志藤家では、三子以外誰も自分たちのことを認知していないため、ついつい声を抑えるのを忘れていたのだ。彼らの賑やかな声を聞きつけ、スッと襖が開いた。

「なんじゃ、騒がしいのう」

 袖口に手を入れ、気難しい顔で出てきたのは、一人の老人だった。白髪交じりの長い髪を後ろに流し、うぐいす色の着物を身にまとっていた。
 ニハを追ってつい小走りになっていた三子は、慌てて足を止めた。ついで、目の前の老人が、祖母同様厳しそうな様相をしていることに気づき、知らず知らず背筋を伸ばす。
 だが、なんてことはない。老人は、三子に目をとめると、にんまり口元を緩めた。

「可愛い子だのう。修平のクラスメイトか?」

 三子は慌てて頷いた。

「あ、はい。やし――」
「三子さん! クラスメイトの三子さん!」

 三子の声を遮って、やたらと張りのある声で修平は叫んだ。そうして三子の手を引っ張って自分の後ろに避難させる。ちょっと前屈みになると、三子にぼそぼそ呟いた。

「くれぐれも爺ちゃんの前で志藤とか矢代の名前を出すなよ?」
「どうして?」
『なんで駄目なの? 志藤が駄目なのは分かるけど』

 三子の声とニハの声が重なった。その内容に大した違いはない。ただ一つ言うならば、ニハは自分の声量に頓着しなかったことか。自分の姿を認識する者は、三子と修平以外にほとんどいないと思い込んでいたせいもある。
 ニハの遠慮ない声に、老人の方がピクリと揺れた。

「矢代……? 志藤……?」
「あ……じ、爺ちゃん」
「もしや、その子はあの志藤の孫か!?」

 震える手で三子は指さされた。一瞬呆気にとられたが、答えないわけにも行かず、三子は恐る恐る首を縦に振った。

「あ、あの、矢代三子と言います……」
「…………」

 なにがいけなかったのか、次第に憤怒の表情になっていく老人に、三子は慌てた。助け船を請うように修平を見上げたが、彼はあちゃーと片手で顔を押さえるのみ。
 やがて、ついに老人は爆発した。

「くっ……うう! あの無愛想クソ婆にこんな可愛い孫がいたとは……!」

 そうして年甲斐もなく彼は地団駄を踏む。

「勝負してないのに負けた気分じゃ!! わしのとこには小生意気なクソガキしかおらんのに!!」
「……誰が生意気なクソガキだ」

 ボソッと修平が呟いたが、それは老人の耳には届かなかったようだ。

「くそっ、だからこの前の会合で孫についての話になったとき、あんなににやけておったのか! 孫が反抗期でって愚痴るわしに対して、どこか哀れみをもって見ていたような気もする……!」
「いや、俺別に反抗期じゃないし」
「あんの女狐めえ! どうして周りの奴らはあの女の正体に気づかんのじゃあ!」

 髪を振り乱して怒る老人に、三子は修平に顔を近づけた。

「あの……こちらの方って、もしかして」
「――爺ちゃん、もうその辺で」

 三子の問いには答えず、修平は老人に声をかけた。老人は、三子と修平、二人揃って呆れたような、困ったような顔をしていることに気づき、気まずげに空咳をした。

「取り乱してすまなかったの。わしは仁科孝雄たかお。仁科家の当主を務めておる」
「そして俺の爺ちゃん」

 観念したように修平がそう続けた。三子も頭を下げた。

「あの、改めて、矢代三子です。仁科君のクラスメイトです」
「そうかそうか。やっぱり女の子は可愛いのう。憎まれ口ばっかり叩く誰かさんとは大違いじゃ」
「はいはい、そうですか」

 孝雄の理不尽な物言いには慣れているのか、修平はさして気にした風もなくさらりと受け流した。

「して、後ろの二人は?」

 孝雄は背伸びをして三子の後ろを覗き込んだ。三子の背後には、暇そうに浮かんでいるニハとイチが。

「私の守護霊……というか、お友達です」
『あっ、さすが仁科のお爺ちゃんもあたし達のこと分かるんだ!』
『よろしくー』

 相手が年上でも関係無しのマイペースさだ。だが、孝雄は気を悪くした様子もない。

「随分生きの良い幽霊じゃな」
『そりゃね! あたし達まだ若いし!』

 どこか自慢そうに胸を反らすニハに、孝雄も眩しそうに目を細めた。

『あっ、てかこんなことしてる暇ないんじゃねえか? そろそろ帰らないと、お母さん怒るだろ』
「あっ、そうだね」

 外が夕闇に染まってきているのを見て、イチは声を上げた。三子も釣られて窓の外を見たあと、孝雄と修平に向き直った。

「暗くなってきたので、私、もう帰ります。あの、お邪魔しました」

 もう一度深々と頭を下げる三子に、孝雄は頬を最大限に緩めてうんうん頷いた。

「また来なさい」
「はい。ありがとうございます」
「…………」

 自分との待遇の差に、ついつい修平はジト目で孝雄を見た。絶対に気づいているだろうに、孝雄は素知らぬ顔で反応しなかった。
 三子に続いて、当然ニハとイチも帰ろうと彼女について行く。だが、孝雄の前を通るときに、ふと彼に声をかけられる。

「お前さんらにちょっと話があるんじゃが」
『へ? 俺たち?』

 ニハとイチは、不思議そうに振り返る。もちろん三子も立ち止まった。

『あたし達だけ?』
「さよう。お前さんらだけじゃ」
『…………』

 二人の幽霊は、黙って顔を見合わせた。なんとなく思うところがあったのだ。

『さんこ、先に帰ってて。あたし達も話が終わったらすぐ行くから』
「う、うん……」

 私も待っていようか、と三子は声をかけようとしたが、やがて口をつぐんでしまった。二人が真剣な顔をしていたので、声をかけられなかったのだ。

「じゃあ、先に帰ってるね」
『ああ、気をつけてな』

 二人にちょっと手を挙げると、三子は仁科家を出た。ちょっとの間振り返って、閉まった玄関を見つめたが、やがてきびすを返して歩き出した。