29:怖くはないかな
結局、公平なるじゃんけんの結果、美樹たちが一番、三子たちが最後になった。三子としては、これに関しては特に不平もない。唯一の心配事と言えば、言うまでもなく由香里だろう。彼女が怖いもの知らず、というのは何なく想像つくので、彼女が一人で肝試しに参加するのはおそらく心配ない……とは思うのだが。
問題は、意味ありげに浮かべていたあの笑顔。あれは、明らかに吹っ切れた様な顔だった。そんな彼女が、この道中何か仕掛けてこないとも限らない。三子は、幽霊が見えないため、肝試し事態に恐怖は感じていないが、しかし相手が人間となると話は違ってくる。どんなことをしでかしてくるのか、そもそもそこが分からないからだ。
「矢代、そろそろだ」
「うん。もうみんなだいぶ先に行ったかなー」
総勢五人しかいないこのなんちゃって肝試しに、細かいルールはない。とにかく麓まで歩ききること、前のペアの姿が見えなくなってから、五分以上間隔を開けて出発すること、などが即興で作られたルールだった。その際、またもや由香里が意味ありげな顔で、「他のペアを脅かすのもありだから」と付け加えたことも、三子たちに更なる緊張感を与えた。
「じゃ、出発しようか」
「うん、ちょっと緊張するけど」
『緊張―? 下から祭りの騒がしい声が聞こえてるこんな状況で、緊張も何もある訳ないでしょう』
「そんなこと言ったら身も蓋もないよ……」
茶々を入れてくるニハに、思わず三子は閉口した。
三子達三人が祭りを楽しんでいるときは、どこかへ行っていたようだが、肝試しを始める段階になると、ニハとイチは、どこから聞きつけたのかものすごく嬉しそうな顔で戻ってきた。どうせ、こっちの方が面白そうだからと失礼なことでも考えたのだろう。終始ニヤニヤしている二人に、修平も呆れた顔だった。
夜に歩くことを想定して作られていないのか、散歩道は電灯もなく、薄暗い。だが、麓ではまだ祭りが静まりを見せていないため、十分足元を確認できるくらいには明るかった。
「こういうのは雰囲気を楽しむものだって」
足元に石がないか、十分に確認しながら三子はペタペタと坂道を下った。散歩道が木々で覆われているせいか、祭りを楽しんでいる最中は少し暑いくらいだったが、今は心地よい気候だった。
「矢代は肝試し苦手じゃないのか?」
「あんまり……怖くはないかな、今は。なんか少し楽しいし!」
『浮かれてんなー。一応これ肝試しだろ?』
「だって私霊感ないし……。本物の幽霊が現れてもきっと気づかないままだよ。身構えるなら、生身の由香里ちゃんの方を警戒しないと。突然驚かしにきそう」
三子はキョロキョロと辺りを見渡した。いくらなんでも、出発したばかりの今を狙うわけはない……とは思っていても、どうにも警戒は解けなかった。と同時に、肝試しを楽しむことなく、前後どちらかのペアを驚かすことに執念を燃やしているのかと考えると、三子は申し訳なさが込み上げてきた。
「やっぱり私、無理言ってでも由香里ちゃんと代わった方が良かったのかも」
『どうしてよ。こいつとが嫌なの?』
ニハがきょとんとした顔で修平を指す。彼はその手をギロッと睨み付けた。三子は笑って首を振った。
「ううん、そうじゃなくて。だって私達、四人じゃない? それなら、由香里ちゃんが仁科君と組んで、私とニハ、イチで行けば、みんな平等かなーって」
「あいつらにはこの二人が見えないんだから、説明のしようがないだろ」
「そうなんだけどねー、何だかズルしてるみたいかなって」
本当にそう思っているわけではないが、三子は何だか照れくさくて下を向いた。
「でも、そのおかげでちょっと安心。二人だけだとちょっと不安だったから」
「俺だけじゃ心配ってか」
「あ、いや、そう言う訳じゃないんだけど」
隣を見上げてみても、修平の表情は分からないが、口調から行って、怒っているわけではなさそうだ。三子は機嫌も良くまた前を向いたが、その間にも、修平はどんどん先へ行く。いつもよりも二倍ほど、彼の歩く速度が速い。
「ねえ、もう少しゆっくり歩こうよ」
「そ、そんなに早くないだろ、このくらい。俺は早く帰りたいんだよ」
「…………」
確かに、この明るさでは肝試しなんてものは形無しだ。だが、折角皆で集まって楽しんでいるのだから、少しくらい……と三子は思うのだが、結局言葉にはせず、黙って修平の三歩ほど後ろをついていった。
『おーい、さんこ』
散歩道の中腹ほどまで歩いた時、どこへやら行っていたイチが、丁度三子たちの横の茂みから顔を出した。と言っても、彼の身体は透けているため、まさにニュッという擬音語がピッタリだったのだが。
『ちょっとこっち来てみろよ』
「おい、早くしろよ」
嬉しそうにイチが呼び止めたが、そこをすかさず修平が振り返って声をかける。三子は少し躊躇ったが、修平に向かって手を合わせた。
「あ……ごめん、ちょっと先に行ってて。イチが呼んでるの」
「はあ?」
やたらとイチの機嫌が良いことにも興味をそそられた。何か良いものでもあるのかもしれない。三子は散歩道から外れ、茂みの中へと足を踏み入れた。
「おい……危ないぞ、裸足だろ。物理的にもだが、霊的にも……」
「ありがとう、でも大丈夫だよ。霊は見えないし、足元は見えるし」
「ったく……俺はここに残ってるからな! 早く帰って来いよ!」
「うん、ごめんね」
軽く謝り、三子はどんどん先へ進んだ。不思議と恐怖はなかった。
少し開けた場所にイチとニハは立っていた。こちらに背を向けている。祭りの灯りはここまで届かず、月明かりしか頼れるものがなかった。キョロキョロと辺りを見回してみても、目新しいものは何もない。
「で、なに? 何かあるの?」
『紹介したい奴がいてさ』
「――紹介?」
イチがしたり顔で宙をポンポンと叩く。それは、丁度成人男性の肩ほどの大きさだ。
「そこに……幽霊がいるの? 私、見えないけど……」
『――え、やっぱり見えない? ここにいるけど、見えないのか?』
なぜか無性に残念そうにイチは聞き返した。三子はおずおずと頷く。だが、三子に霊感がないことはイチたちも承知済みのはず。それが今頃になっていったいどうしたのか……と三子が不思議に思っていると、つまらなそうなため息が落とされた。
『ちぇっ、やっぱりさんこは俺たち以外全く見えないみたいだな』
『つまんないのー』
『せっかく俺が遠出して怖い顔の幽霊を連れて来たのに』
『仕方ないわ。次行きましょう次。次は……美樹ちゃん・馬場ペアを脅かしましょうか。馬場は霊感ないからつまんないけど、美樹ちゃんを驚かしたら楽しそうだわ』
「…………」
どうやらこの二人、雰囲気が足りないこのなんちゃって肝試しを、せめてもう少し本格的に怖くしてみようと画策中だったらしい。三子に対しては、とんだ無駄足だったようだが。
『すみません、もう少しご足労お願いできますか? 他の子も驚かしたいんです』
『…………』
『あっ、いいって? 悪いなあ、こんな時間に!』
『ほんと、お手数おかけします』
イチたちは、揃って頭を下げた。
怖い顔らしい幽霊は、どうやら肝試し参加に承諾してくれたようだ。夜の茂みの中、幽霊が三人集まっているというのに、妙に和やかな雰囲気だ。しかもうち一人は、怖い顔らしいのに。
『あっ、そうだ、もう一人の存在を忘れていたわ』
『あー、もしかして修平? あいつは無理だろ。仮にも祓い屋だし、驚くわけが――』
『わかんないわよー? 意外にも一番泣き叫んでくれるかも』
ニハは悪い顔をしながら、再び散歩道へと狙いを定めた。考えることが子供なので、三子は呆れる思いだった。
「下らないって怒られるような気がするけど……」
『シッ! 仁科がいるから静かに!』
わざとらしく口に指を当てると、ニハはにんまり笑って後ろを向いた。
『すみませんっ、あの男の子の前に、にゅっと出てもらっていいですか?』
『できるだけ怖い顔でよろしく』
こういう時だけは息がピッタリだ。三子はため息をつきたくなったが、内心、少しだけ修平の反応が楽しみではあった。どんな顔をするのか、どんな反応をするのか。呆れたように怒鳴る姿が三子の頭の中を一番占めていたが、それでも少し胸は期待に膨れる。
三子たちが固唾を飲んでいる中、それは起こった。
三子としては、相変わらず霊感がないため、その怖い幽霊とやらが修平の前へ飛び出したタイミングは分からなかった。のだが、修平が突然叫び声をあげて尻餅をついたので、一目瞭然だった。
何が起こったのか咄嗟に判断がつかず、三子は呆気にとられていたが、ニハとイチは、嬉しそうに修平の前へ飛び出した。
『なに、尻餅つくほど怖かったの!?』
『いやあ、なかなかの驚きっぷりじゃないか! お前、祓い屋のくせに幽霊が怖かったのか!』
弾けるような笑い声の中、無言で下を向く修平が気の毒になってきた。幽霊でなくても、突然目の前に何かが現れたら驚くのは普通だ。未だ立ち上がる様子を見せない修平に、三子は手を差し出した。
「大丈夫? 二人、肝試しを盛り上げようとしてくれたみたいで……仁科君?」
修平は、目を見開いて宙を見つめていた。三子の声に、ハッとしたように一度はこちらへ目を向けるが、すぐに顔を逸らし、自力で立ち上がった。
「――もう行くぞ」
『ええ、逃げるのー?』
『何でもないような顔をしても遅いぞ。お前が間抜けにも尻餅ついたのは、俺たちの中で一生記憶に残るからな』
なおもニハたちはからかい続けるが、修平は全く反応を返さない。尻についた土を払い、重い足取りで散歩道へ出た。
「あ、待って、私も……」
『何よ、少しくらい反応返してくれてもいいのに』
『よっぽど恥ずかしいんじゃないか? いつもはあんなにクールかましてるのに、尻餅なんかついたりして』
「もう、二人ともいい加減にして!」
三子は堪え切れずにニハ達を睨んだ。ピタリと二人の声が止まる。
「盛り上げようとしてくれたのは分かるけど、ちょっと言い過ぎ……」
『……だって』
『その方が面白いって……』
「……とにかく、もうこの話は禁止。二人とも行くよ」
すっかり項垂れた二人を引き連れ、三子は修平の後を追った。彼の足は今まで以上の速さで歩いている。三子も一生懸命歩くが、なかなかに追いつかない。と言っても、追いついたとしても、どんなことを話せばいいのか分からないので、このままの距離感を保って三子は歩いた。
途中、待ち伏せしていたらしい由香里が、大声を上げて茂みから飛び出す事態があったが、修平はもちろんこれをスルー。いつもならば、呆れたような顔で多少なりともリアクションを取ってくれたのだろうが、今回ばかりはそんな気にならないのか、無言無表情で彼女の隣をすり抜けていった。彼のそんな態度が心配な三子も、無言で由香里に頭を下げながらも彼女の横を通り抜けた。
そして麓にて。
三子たち五人は再び集合した。しかしどこか空気が重苦しい。
恐怖のあまり美樹を置いて一人逃げ出してしまった健介と、そのことで非常にご立腹の美樹、ニハたちに驚かされてから終始無言の修平に、彼にスルーされ、若干拗ねている由香里、そして、これらメンバーが醸し出す空気の悪さにあたふたする三子。
こうして、始まる前とは打って変わって雰囲気最悪の中、肝試しは解散した。