26:放っておけない


 放課後、由香里の計画通り、美樹は部活、由香里は教室を借りるため職員室へ、三子と修平はスーパーへ向かった。
 といっても、学校からスーパーへは、数十分は離れているので、道中ずっと沈黙は辛い。のだが、のんびりとしたニハや、終始何かに興味津々なイチがいたため、道中話題に尽きることはなかった。
 スーパーにつくと、何となく二人は別れてそれぞれお菓子を見回ることとなった。そもそも、女子である三子と男子である修平のお菓子の好みは別物だ。彼はスナック菓子の方へ、三子はチョコなど甘い菓子の方へフラフラと導かれていった。

「お菓子って何買えばいいんだろ……」
『適当でいいだろ、そんなもの』
『でも大事よねえ、お菓子は。それ一つで盛り上がるものも盛り上がらなくなるかもだし』
「うう……責任重大」

 大好きなチョコ菓子を諦め、三子は大人数でも食べられそうな大袋のものをカゴに入れていった。と、修平が何やら真剣な瞳で何かを見つめているのが目に入った。興味をかられ、三子は彼に近づく。

「それ、買うの? たくさん入ってるね」

 修平の手には、お菓子の詰め合わせパックがあった。ハッとしたように修平は三子を見た。声をかけたらまずかったか、と三子はばつの悪い表情になるが、結局彼はそれを棚に戻すことはなかった。

「……いや、これは自分で買う」
「自分用? 仁科君が食べるの?」
「……まあ」
『はあー、意外ねー』
『あいつ、菓子なんて食べるんだ』
「普段何を食べると思ってるの……」

 三子たちの若干失礼な会話が聞こえてない訳ではないだろうに、修平が会話に混ざることはなかった。それはそうだろう、そんなことをしたら、レジの人に変な目で見られてしまう。
 三子の方も、カゴの中のお菓子を清算し終えると、二人は店を出た。この店に着くまでが遠かったので、辺りはもう夕闇に染まっている。自然、三子たちの足も早まった。

『さんこー』
「なに?」

 ちょいちょいとイチが何やら指さしている。その方向には、一点を見つめて立ち止まったままの修平がいた。

「どうかしたの?」
「……いや」

 修平はすぐに首を振り、再び歩き出そうとするが、ニハたちはそこから動こうとしなかった。

『動物霊ね』
「動物……。犬?」
『子犬ね。この辺りを彷徨ってるみたい。成仏できないのかしら』
『地縛霊かもな。場所に思い入れがあって、離れられないのかも』
「成仏……できないの? ずっとこのままなの?」
「お前なあ……」

 我慢できずに三子が言うと、修平は呆れたようにため息をついた。

「そんなに何でもかんでも幽霊に干渉していたら、キリがないだろ。俺たち人間に害がない限り、放っておくのが一番だ」
「…………」

 林間学校初日、何でもかんでも除霊しまくっていた当の本人の言葉とは思えない。三子がジト目で睨んでも、そのことには思い至らなかったのか、彼には鼻で笑われた。

『――ほんとよね。さんこは後先考えずに、いつも思ったこと口にし過ぎ』
「そ……そうかな……」

 自覚はないので、三子は俯いた。しかし、成仏できない幽霊がいたとして、力のない三子には、何もできないのは事実であるので、無力であるのは確かだ。
 ごめん、もう行こう。
 そう言おうと三子が顔を上げると、目を細めたニハと目があった。

『でも、そんなあんただから、あたしも放っておけないのかも』
「……ニハ?」
『あたしに任せて』

 頼もしく、ニハはポンと胸を叩いた。見る見る三子の表情が明るくなる。

「いいの?」
『ええ』

 無言で三子は両手を広げた。それだけでもう理解してくれたのか、ニハは三子の中にゆっくり入ってきた。ふわふわと不思議な心地を感じ、三子は自分が体の外へ追いやられたのを感じた。

「そんなに簡単に身体を貸して……。何か弊害があっても知らないぞ」
『お前らはほんと、お人よしって言うかなんて言うか……』

 男性陣の小言がぶつぶつと聞こえるが、三子たちの注意はもはや動物霊にしかなかった。ニハは道路の脇にしゃがみこみ、犬の霊らしきものと視線を合わせた。三子としては、例によってその霊を見ることができないため、彼女が何をしようとしているのかは分からなかった。

『本当は道具とかあった方がやりやすいんだけど』
「保険か? 失敗した時の保険か?」

 馬鹿にしたような顔で修平がからかうので、ニハはギンッと睨み付けて彼を黙らせた。

「ちょっと触らせてもらうわね」

 彼女が手を出したのは、もちろん目の前の何もない空間。だが、確かにそこに何かがいるらしい。三子は目を凝らしたが、そこに犬の顔が浮かび上がることはなかった。
 やがて、ポゥッとニハの手から光が漏れる。三子たちは声もなく見つめていた。

「逝きなさい……もう大丈夫」

 ニハの目は優しかった。と言っても、今の彼女は『三子』ではあるのだが。
 しばらく宙を見つめていたが、やがて徐にニハは立ち上がった。その動作だけで、全てが終わったことを示していることは理解しているのだが、三子は聞かずにいられなかった。

『成仏……できたの?』
「ええ」
『そっか……』

 振り返って微笑むニハが、何だか眩しく見え、三子は目を細めた。

『ニハの浄霊って、すごく綺麗なんだね。何だか、心があったかくなる感じ』
「――え?」

 ニハは面食らったような顔をしていた。

『喜んでたかな。天に帰ることができて。勝手な思い込みかもだけど、でも、こんな所で独りぼっちだなんて寂しいもんね』
「そうね。役に立てたのなら嬉しいわ。さんこ、身体ありがとう」
『うん』

 ニハと身体を交換する感覚は、未だ慣れないが、三子はこのひと時が嫌ではなかった。普段触れることのできないニハと、唯一接点ができるようなこの瞬間。

『っはあ……浄霊やると疲れるわー』
『幽霊が疲れるかっての』
『疲れるのよ、それが! まあ今のは動物霊で、しかも抵抗もそんなになかったから楽な方だけど……。浄霊も楽なもんじゃないのよ、それが』

 ニハたちが動き出したので、三子も揃って歩こうとした。が、修平は未だ動こうとしない。

「浄霊の仕方は誰に教わったんだ?」
『ん? 何よ急に。……まあ、親戚とか、親に?』

 どうしてかニハは疑問形で答えた。

「ニハの家も、祓い屋だったの?」
『んー、仁科の家みたいに一般人向け……ではないけどね。どちらかというと、富裕層向けの祓い屋ではあったのかも。そのせいで、修行ばっかの毎日だったし』

 ニハが自分について語るのは珍しい。いや、三子が聞けば教えてくれたのかもしれないが、今の今まで、聞くタイミングが無かったのだ。
 そのまま、ニハやイチについて新たに質問しようかと三子が考えていると、一足先に修平に先を越された。

「浄霊のやり方を教えてくれ」
『……はあ? なに、あたしが?』
「ああ」

 言葉少なに修平は頷く。

「ど……どうしたの?」

 いまいち三子は信じられなくて、三子は二人の会話に割って入った。こう言っては何だが、彼が、誰かに教えを乞うような人には見えなかった。それも、ニハに対してはとくに。しかし、かと言って茶化すことはできない。それだけ、彼の目は真剣に見えた。

『な、何よ。さっきは弊害があるだとか保険だとかいろいろ言ってたくせに!』
「悪かった。謝るから、浄霊を教えてくれ」
『…………』

 あくまで真剣な修平の瞳に、ニハもこれ以上文句をつけることはできなかったようだ。

『生半可な修行じゃあ、あたしみたいにはできないわよ?』

 ニハは胸を逸らしてそう宣言する。修平は頷いた。

「俺はもっと祓い屋として上を目指したい。でも爺ちゃんは、祓い屋に浄霊は必要ないと言って教えてくれないんだ。だから頼む」
『分かった分かった。どうせあたしも暇してるし。それくらいお茶の子さいさいよ』

 とんとんと話が進んでいくことに、三子は少々の置いてけぼり感を持った。小さく手を挙げる。

「私は……私も教えてほしいって言ったらどうする?」
『見えないのに、どうやってやるのよ』
「……そうだよね」

 それどころか、ちゃんとした霊力もあるかどうかわからないのに。

『師匠と呼んでちょうだい?』
「……分かった。師匠」

 やけに従順な修平に、ふんぞり返るニハ。

「大丈夫かなあ……」

 何だか妙なことになり、三子は戸惑いの目を彼らに向けた。そして次に、同じ置いてけぼり組として、イチの方へ近づいた。

「変なことになっちゃったね」
『そうだな……』

 どこかボーっとしたように彼は頷く。

『お前は大丈夫か?』
「え、私? 何が?」
『いや……お前の気持ち、少し分かるからさ』
「もしかして、浄霊ができないって突っぱねられたこと?」

 気遣わしげなイチに、三子は急におかしくなって笑い出した。

「別に気にしてないよ。私がきっと浄霊ができないってのは本当なんだし。ニハの言う通りだもの」
『いや……でもな』

 イチは空虚な目で下を向いた。

『やりきれないだろ。誰かが頑張ってるのに、自分は何もできないって』
「う、ん……。それはそうだけど……」

 どこか遠くを見ているようなイチに、三子はそれ以上何も言うことができず、ただ彼を見つめていた。