25:協力してやるっきゃ
旧校舎幽霊事件から一週間がたった。
結局包帯を隠しきることができなかった三子は、友達と遊んでいて、転んでガラスの破片で切ってしまったとだけ伝えた。理恵子は大層心配していたようだったが、数週間で治ると三子が適当に断言してようやく、ホッと安心したようだった。
学校の方も、特に大事になることもなく――教師陣は大体のあらましを知っているようだが――一週間も経つうちに、旧校舎は再び忘れ去られた存在になりつつあった。
しかし、それとは対照的に、健介の表情は曇っていった。幽霊の存在を目の当たりにし、思うこともたくさんあるのだろうと、修平や美樹は遠巻きに見守っていたようだが、一週間たっても彼の表情は晴れない。むしろ、余計に殻に閉じこもるような様子を見せていた。これには、担任の小西もお手上げのようだった。
いつもの授業では、合間に入る健介の茶化しに、漫才のようにとんとん拍子に進むことはあれど、それがなければ、何か物足りないような気がし、いまいち熱が入ることが無いようにも見えた。
「ちょっといい? 由香里と三子ちゃん」
昼休みの際、美樹が改まったような顔で居住まいを正した。三子と由香里は、面食らいながらも頷く。
「どうしたの?」
「あー……っとね、折り入って相談があって。いいかな?」
「うん、全然大丈夫だけど」
「うん……」
許可は取ったのだが、それでも美樹は何か躊躇っているようだ。辛抱強く三子たちが待っていると、ゆっくり口を開いた。
「あの……さ」
「うん」
「一緒に健介の誕生会やってくれない?」
「誕生会?」
拍子抜けだった。深刻そうな顔で、何を言うのかと思えば。
「なんか……健介、最近元気ないし……」
「まあ……それは確かに」
「あんなことがあったもんね」
「誕生日にパーッと遊べば、少しは明るくなるかな、って……」
ポリポリと頬を掻くその姿は、何だか照れくさそうだった。三子としても意外だ。美樹と健介は、口喧嘩ばかりしている印象だったから、なおさらである。
「うん、良いと思う。やろうよ、誕生会!」
三子は何度も頷いた。途端に美樹はパーッと明るくなる。
「本当!?」
「そうだねー、わたしも賛成。いつまでも暗い馬場君じゃ、つまらないもんね」
「ありがとう二人とも!」
「いつ馬場君の誕生日なの?」
「明後日! だからそれまでに計画を練っておきたくて……」
美樹は制服のポケットからメモ帳を取り出した。パッと開いたそれには、事細かにいろいろ書かれている。
「まずは人数集め、買い出し、そして教室の飾りつけ!」
「教室でやるの?」
「うん、できればそのつもり。家は遠いし、帰りが遅くなっちゃうでしょ、平日だし。だから、小西先生にお願いしてどこかの教室借りれないかなって」
「人数集めは? 人数は馬場君含めて四人?」
「あー……ううん、できれば仁科にも参加して貰えたらなーって……」
「仁科君?」
三子は意外そうな声を上げた。それもそうだろう。彼と健介は、傍から見れば犬猿の仲そのものに見えた。
「やっぱり無理……かな」
「うーん……やってみる価値はあるかもだけど……」
「そうだよね!」
由香里が言い難そうに言葉を濁したが、それを受けて、美樹は瞳をキラキラさせた。
「今から声かけてくるよ、ありがとう!」
晴れやかな笑みで美樹は駆けて行った。何とも言い難い空気が残る。三子が苦笑していると、同じような笑みを浮かべた由香里と目があった。
「上手くいくといいけど」
「そうだね……」
教室の隅で、必死になって美樹が拝んでいるのが目に入ったが、対する修平の顔は渋い。なかなか苦戦しているようだ。
「……可愛いね」
由香里の口からそんな言葉が漏れた。三子は目をパチクリさせた。
「何が?」
「美樹ちゃん。好きな人のために頑張ってるのって、すごく可愛い」
「――え?」
由香里の言葉の意味が分からず、三子は固まる。その様に、由香里はハッとした。
「あっ……いや、思わず……じゃなくって、三子ちゃん、その、ひょっとしてもう気づいてる……?」
由香里はおずおずと三子を見上げた。彼女の方はもちろんたじろぐ。
「な、何が……?」
「――美樹ちゃんが、馬場君にこれだってこと」
言いながら、由香里は両手でハートマークを作った。一瞬遅れて三子はその意味を理解し、そして真っ赤になった。
「え……あ、え、そうなの!?」
「うん、たぶんね」
言っている由香里の方が照れている。三子の頬も、未だ熱を持ったままだった。
「で、でも美樹ちゃん、よく馬場君と口喧嘩してるけど……」
口喧嘩に留まらず、手が出ている時だってある。それはもちろん、主に美樹が健介に対してではあるが。
「それがあの二人のコミュニケーションなんじゃないの? 馬場君の方はよく分からないけど、とにかく美樹ちゃんの方は、間違いなくこれだよ」
再度、由香里はハートマークを作って見せる。三子はもう何も言うことができず、俯いた。頭が爆発しそうだった。色恋どころか、友達の免疫すらなかった彼女には、恋バナは未知の世界過ぎた。
「わたし達が、しっかり援護してあげないとね!」
由香里一人燃えているようだが、三子は項垂れる。友達の間を取り持つなど、そんな高等技術、自分にできるわけがないと勝手に落ち込んでいた。
「そのためには、まず人数集めだよ。ほら、わたし達も行こう」
由香里に手を引かれ、三子は修平と美樹の元へと歩み寄った。二人の姿に気付くと、修平は露骨に嫌そうな顔をした。
「三対一とか卑怯だぞ……」
「何が! わたし達は単にお願いしに来ただけじゃない、ね、三子ちゃん」
「え? う、うん……」
「どうだか。そもそも、どうして俺があいつの誕生日を祝わないといけないんだよ!」
興奮してきたのか、修平の声はどんどん大きくなっていく。教室に健介がいなかったことが唯一の幸いだった。
「第一、俺はあいつに嫌われてるんだぞ! 話しかけるなって何度も言われたし!」
「だって、女の子ばっかに祝われても嬉しくないかなって……」
「そうだそうだ! 拗ねてないで、お願いだから参加してよ!」
「拗ねてない!」
由香里の言葉が、火に油を注いでしまったようだ。余計修平は拗ね――怒ってしまった。空気が緊迫したものへと変わる。
「……もう話は終わったか?」
憮然とした態度でそう言うと、修平はくるりと背を向けた。三子たちがそれに何も言えずにいると、美樹だけが、彼の服の裾を掴む。
「健介、あんまり友達いないから……」
「……だから?」
「誕生日くらい、賑やかにしてほしくて……。他のクラスメイトにも、少し話してみたの。でも、みんな頷いてくれなくて……」
自分自身が幽霊ホイホイのくせに、意固地になって幽霊なんていないと豪語している。おまけに、周囲に被害をもたらしまくっていたのに、その自覚もなく、本人はあっけらかんとしてばかり。
主にその二つが要因で、周囲の反感を買ってしまったのかもしれない。それは、転入したばかりの三子にも容易に想像がついた。
被害の多い周囲の人たち――特に、修平はなおさらだろう。苦労して除霊をしているのに、感謝されるどころか、罵倒されるばかり。彼の気持ちも分かる。だが、三子はどうしても、悲しそうな顔で謝罪を口にする健介の顔が、脳裏から離れなかった。
「でも……きっといつか、馬場君が優しい人だってこと、皆も分かってくれるよね。ただ……馬場君も引っ込みがつかなかっただけで、いつか、分かり合えるよね。馬場君、あの後私達にもちゃんと謝ってくれたし」
悪気が無かったのは確かだ。ただ、現実を見る余裕がなかっただけで。
「あーもう! 分かったよ! そんなに言うなら参加すればいいんだろ!」
投げやりな口調だった。が、頷いてくれたことに違いはない。
「ありがとう仁科!」
美樹もすごく嬉しそうだ。彼女の喜びが伝播して、何となく皆照れくさそうに笑みを浮かべる。
「ようし、とにかくこれでメンバーは揃ったね!」
「ケーキはあたしが買ってくる。近くにいい店があるの」
美樹は自慢げに胸に手を置いた。
「でも折角の誕生会だし、何かゲームでもする? ケーキ食べてはいお終い、じゃつまらないでしょ?」
由香里の提案に、皆うーんと頭を巡らせる。
「トランプはどうかな?」
三子も躊躇いがちに提案した。友達と遊ぶことなどとんとなかったため、他に良い案が浮かばなかった。おまけに、学校で遊ぶとなると、制限もされる。
「うん、いいね! わたしウノも持ってるから、明後日持ってくる!」
「折角なら、その時につまめるお菓子とかもあったら楽しいかも……」
「いいよ、それ!」
きゃーと女性陣が盛り上がる。しかしそれに苦言を呈するのは修平だ。
「ケーキとかお菓子とか、そんなにいろいろ持ち込んで大丈夫なのか? もし先生にバレたら――」
「こっそりやるから大丈夫!」
修平の意見は由香里に一蹴され、彼は押し黙った。
「じゃあ教室の飾りつけはどうしようか」
「でもあたし放課後は部活があって……」
「わたし達も明日は部活あるし……」
言葉が途切れた。美樹は途端に項垂れた。
「ごめんね、言いだしっぺのあたしが部活なんて……」
「何言ってんの! ここまで来たら皆で協力してやるっきゃないでしょ!」
由香里は頼もしい顔つきでパンッと手を叩いた。
「明日はみんな部活だから、今日何とかしよう。三子ちゃんと仁科君、今日の放課後二人で買い出しに行ってくれない? わたしは小西先生に教室の許可をもらって飾りつけしてるから。で、明日の昼休みに、急いで教室を仕上げるの。どう?」
「うん、いいと思う!」
「あたしも!」
「よし、じゃあこれで行こう!」
おー、と威勢のよい声が上がる。その中に、修平は入っていない。
「みんな……本当にありがとう。お願いします!」
美樹が感極まった様子で深く頭を下げた。三子も由香里も、そんな彼女の背に手を置き、顔挙げてと口々に言う。
「……何だこれ」
そんな中、修平だけが、自分一人置いてけぼりのような空気を醸し出していた。