22:余計なお世話


 部活見学を終えて丁度二日目、三子はいよいよ初の部活へ行こうとしていた。入部届けももう先生に提出済みで、母にも祖母にも帰りが遅くなることは伝えた。
 緊張しながらも、由香里と共に部室へ行こうとしていた彼女の前に、小西が立ちはだかった。

「二人とも、今から部活?」
「あ……はい、そうですけど」

 何だか嫌な予感がする。
 三子と由香里は視線を交わし合って、無言で意思の疎通をした。

「おほほ……それはいいわね。でもごめんね、今日は諦めてくれる?」

 ほら当たった。
 三子たちは無言で彼女の言葉の続きを待った。

「ちょっとやってほしいことが――あ、美樹ちゃんもちょっとこっちに」
「え、あたしもですか?」
「ええ、あと修平君と健介君、ちょっと帰るの待った! みんな、一旦教卓に集まって!」

 若干名不服そうな顔をしながらも、五人は教卓へ集合した。

「あたし達、何かやらかしたっけ?」

 瞬時に美樹は声を潜める。それに苦笑いで返すのは三子だ。

「やらかしたというか、その逆……」

 この五人で思い出すのは、先日の林間学校くらいだ。そして、レクリエーションとして行われた宝探し。三子たちは、健介が幽霊に取り憑かれた騒ぎによって、宝であるビー玉を一つしか手に入れることができなかったのだ。

「この前の林間学校の罰ゲームのこと覚えてる?」

 その一言で、皆の頭に一気に憂鬱がのしかかった。その場で項垂れる者多数。

「特別掃除。今日やってもらうから」

 集まった五人の返答も聞かずに、小西は続けた。

「本当はね、一週間くらい掃除をやってもらうことにしていたのよ。前々から気になっていた校内を、一日に一か所ずつやってもらう形で」
「…………」
「でもね、うまい具合に修平君がいるから、先生もちょっと考えちゃって」

 何となく、嫌な予感がする。
 健介以外の者たちは皆そう思った。

「除霊、してもらおっかなって」
「先生!」

 非難の声が二つ上がった。修平と健介だ。健介は、修平を押しのける勢いで声を張り上げる。

「あろうことか生徒に指導する立場の方がそんな発言をするなんて……! まさか、霊を信じてらっしゃるわけじゃありませんよね!?」
「え? あー……その」

 しまった、とでも言いたげな顔だった。まさか健介がいることを忘れていた訳ではあるまいに。
 林間学校の際、三子たちの会話を聞いていただろう黒井は、多少健介の幽霊嫌いの事情を知っているのだろうが、小西は未だ知らないらしい。彼女に配慮するつもりはないようだった。

「んー、ああー、冗談冗談」

 小西はわざとらしく咳払いすると、へらへら笑った。あまりにも不自然だ。しかし彼女はそんなことも気づかず、両手をひらひら振った。

「やっぱり今のなし。忘れて」
「でも――」
「ああ、いいからいいから。本当に忘れて。で、改めてそれぞれの掃除場所を発表します。女の子たちは……一階の大会議室。健介君はゴミ捨て場……の掃除かな? 修平君は旧校舎と新校舎の渡り廊下。以上」

 怪しい、怪しすぎる。
 健介以外は皆、半目になった。奇妙な班分けに、小西の言い淀み方……。疑わない方が無理というものだ。

「先生……」
「んー? 何かな? 何か用かな? 用が無かったら早く掃除に行ってね? あっ、修平君! 一つ言い忘れてたことがあった、修平君はちょっと残ってくれる?」

 怪しい、怪しすぎる。
 健介以外はそう思っていたが、反論することなく、そのまま散り散りになった。女子グループは大会議室へ、健介はゴミ捨て場へ、そして修平は小西の元へ。

「さっきの先生、絶対おかしかったよね。健介の抗議一つで諦めたと思う? きっと旧校舎の除霊をしてもらいたくて、こんな変な分け方したんじゃない?」
「霊を信じてない馬場君を引き離して、仁科君一人に旧校舎を除霊してもらうため……ってこと?」
「そういうこと」

 大会議室を掃除しながらも、三子たちの会話は止まることが無かった。

「大会議室ってのかきついけど……でも小うるさい健介がいなくても良かったね」
「ねー」
「でも……」

 ふと三子の床を掃く手が止まった。

「一人で大丈夫かな」
「何が? 仁科君?」
「うん……だって、一人で除霊って大変なんじゃないかな」
「うーん、でも、あたしたちがいても大して手伝えないしねー」

 話しながらも、美樹は次々と机を運んでいく。

「仁科も清々してるでしょ。健介がいたんじゃ集中できないだろうし」
「それどころか、自分が霊に取り憑かれて仁科君の仕事増やす羽目になるんでしょ」

 クスクスと忍び笑いが漏れた。美樹の、やけに気軽な口調に、三子はふと疑問が浮かんだ。

「美樹ちゃんって、馬場君と仲良いんだね」
「え!? あ、や、そんなことないけど……」
「美樹ちゃん、昔っから馬場君の面倒ばっか見てたよねー。お姉ちゃんみたいに」
「うっ、うるさいなー、もういいでしょ、その話は!」

 美樹がうんざりしたような顔でパンッと手を叩いた。

「ほら、じゃんけんするよ。誰がゴミ捨てに行くか!」
「じゃーんけーん」
「え……ええっ」

 唐突な話題転換に、三子はわたわたするばかりだ。慌てて出した手はグーで、由香里も美樹もパーだった。

「じゃ、三子ちゃんゴミ捨てよろしくー」
「わたし達は先生呼びに行ってくるね」

 晴れやかな笑みで手を振られ、三子は若干落ち込みながらゴミ箱を抱えて外に出た。まだ日の暮れには程遠く、運動場では多くの生徒たちが部活をしている。その邪魔にならないよう、三子は渡り廊下を渡って旧校舎の裏にあるゴミ捨て場に向かった。
 旧校舎の周りは、相変わらずどんよりしていた。
 もともと旧校舎には、怪我をすると危ないからと、近づかないよう教師陣から常々言われていたのだが、本当の所は、霊が出るからではないかと三子は睨んでいる。人の気配のない旧校舎は不気味で、いかにも何かが出て来そうな雰囲気を醸し出している。三子はごくりとつばを飲み込んだ。

「ニハ……イチ、いるよね?」

 そしてこういう時に役立つのは、幽霊の二人だ。期待を込めて後ろを振り返ると、やはりそこにはいつものように二人の姿があった。

『何よ、もしかして怖いの?』
「う……まあ……」
『でも確かに嫌な気配はするしな。こんなところ、さっさとお暇するに限るぜ』

 足を速め、三子はゴミ捨て場に辿り着いた。奥の方では、健介が箒を掃いているのが目に入った。思わず三子はホッと息を吐き出す。彼の姿に、特に異変は感じられない。こんな所で、もし彼が霊に取り憑かれていたらと思うと、三子はもうなすすべもないと思っていた。

「馬場君、掃除終わった?」

 三子はにこやかに声をかけて彼に近づいた。

「もうこっちは終わったよ。後は先生呼ぶだけ」
「…………」

 健介は、三子の声に振り返りもせず、ただ箒を掃き続けている。
 もしかして、霊に取り憑かれて――。

「うるさいな。俺に話しかけるなって言っただろ」
「あ……」

 言われて、三子は思い出す。林間学校の際、そういえば健介が何かを言っていたような――。

「え、あれって私も入ってたの?」
「当たり前だろ! お前が仁科と仲良いの知ってるんだよ! それに、あの神社の変な婆ちゃんの孫でもあるんだろ」

 瞬時に三子の眉根が寄った。聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「変ってなに? 嫌な言い方止めて」
「変だろ。霊除けだか何だか知らないけど、変なお守りまで押し付けてきやがって。俺はどこも悪くないっての」
「馬場君のためを思って、お婆ちゃんがお守り作ったんでしょ? そんな言い方って――」
「それが余計なお世話だってんだよ! もう放っておけよ!」

 健介は箒を地面に叩きつけた。その音に三子はビクッと肩を揺らす。そんな彼女を一笑すると、健介は足を踏み鳴らして旧校舎へ向かった。彼が目指すのは、おそらく一部割れている窓だ。

「ちょっ、どこ行くの?」
「もう掃除は終わった」
「帰るならこっちの渡り廊下を渡らないと……。旧校舎は近づくなって先生に言われて――」
「こっちの方が近いんだよ! 嫌なら遠回りすればいいだろ!」
「馬場君!」

 あろうことか、健介は割れている窓に手を突っ込み、そこから鍵を開け、窓を開けてしまった。軽々とそこから侵入すると、そのままキョロキョロと辺りを見回している。

「ど……どうしよう……」

 思わずぽつりと呟いた三子の声を拾ったのは、ニハとイチだった。

『あー、あたし、嫌な予感するわ』
『俺も』
「そ、そんなこと言わないでー!」

 三子はしばらく迷った後、健介を追いかけた。幽霊ホイホイの彼を一人にはできないと思った。