18:除霊と浄霊って


 暗闇の中、三子はパチッと目が覚めた。もじもじしながら毛布から這い出る。
 テントの中は、灯りが全くなかったが、三子は入り口近くで寝ていたため、容易に外へ出ることができた。
 テントの外へ出た三子は、思わずぶるりと身体を震わせた。春という過ごしやすい気候ではあるものの、ここは山奥で、しかも今は夜だ。寒くない訳がなかった。
 何となく後ろめたい気持ちで、三子はキョロキョロと辺りを見渡した。仄かな月明かりのほか、薄暗いキャンプ場を照らすのは、一つのテントから漏れ出る灯りだけだった。時折そこから聞こえてくる笑い声は、教師たちのものだった。

「に……ニハー?」

 三子は小声で呼びかけてみた。ざわざわと木々が揺れ動くのみで、返事はない。

「ニハ?」
『もう……何なのよ、さんこ』

 再度呼びかけると、ようやくニハが姿を現した。不貞腐れているようなので、三子は縮こまる。

「ご、ごめんね。起こしちゃった?」
『幽霊が寝る訳ないでしょ。しばらくその辺りを散歩してたのよ』
「よく私の声が聞こえたね」
『そうね……確かに。何となくさんこが呼んでるような気がしたのよ』
「そうなんだ……」

 幽霊やら憑依やら、三子はこの所人心地のしないものにばかり遭遇しているので、彼女の驚きはもはや微々たるものだった。

『で、何よ。何か用なの?』
「あ、うん……」

 途端に三子はもじもじし始める。

「トイレに、ついて来てほしいなって……」
『そんなことであたしを呼んだの!?』
「ご、ごめん……」

 呆れ返ったようなニハの声に、三子は俯く。

『はあ……ったく、さんこったらいつまでも経っても子供なんだから』
「しっ、仕方ないよ! トイレ、テントから凄く離れてるんだもん!」
『どうせ幽霊見えないんだから、怖いことなんてないじゃない……』

 それを言われたら三子も言い返せない。
 むむむ、と唇を尖らせていると、先に根を上げたのはニハの方だった。

『もう、分かったわよ。さっさとしてよね』
「ありがとう、ニハ!」
『はいはい』

 足取りも軽く、三子はトイレへ向かう。先客はいないようで、不気味な雰囲気を醸し出している木造の中へ三子は入っていった。

「に、ニハー? いるよね、そこにいるよね?」
『はいはい、いるから。黙って早くなさいよ』
「う、うん……」

 いそいそと三子は用を足し、手を洗ってトイレを出た。すっきりはしたものの、何となく気恥ずかしくてニハの顔を見れない。

『おーい』

 そんな時、空からイチがやってきた。三子は気まずい空気から逃れられ、ホッとする。

「どうしたの?」
『あっちの方で、男子が一人ウロウロしてんだよ。気になってさ』
「……? 誰だろう」

 イチの先導によって、二人はトイレの裏手へと移動した。確かに、近づくにつれ、ザッザッと草を掻き分ける音が聞こえてきた。トイレの薄明かりの中、小柄ないがぐり頭が目に入った。

「あ……もしかして、馬場君!?」

 三子の声に、健介はピクリと反応した。が、そのまま振り返らずに、ぼんやりと足を木々の奥へと進ませる。

「どこ行くの?」
『なんか……様子がおかしいわね』

 彼は答えず、そのまま奥へと姿を消した。

「どうしたんだろう」

 思い当たるのは、昼間のこと。動物霊に憑かれたとかで、キーキー奇声を上げていた健介。

『もしかしなくても、霊に憑かれてるっぽいわね。また何かやらかしたのかしら』
『いや、よく分からないが、それはないと思う。あいつ、普通にトイレに立って、そして出てきた時にはもうあんな感じだったし』
「なるほど……」

 幽霊ホイホイという名は伊達じゃないのかもしれない。昼間除霊してもらって、その日の夜に再び霊に取り憑かれるというのは。

『修平を呼んできた方がいいんじゃね?』
「でもその間に見失うかも……」

 三子たちが悩む間にも、健介はどんどん奥へと進んでいる。

『イチ、あんた仁科を呼んできて』
『はっ、俺?』
『その間にあたしたちはあの子引き留めておきましょう。奥へ行かれたら厄介よ』
「うん、そうだね。イチ、お願い」
『ったく、面倒だなあ……』

 ぶつぶつ言いながらも、イチはピューッとテントの方へ飛んで行った。三子はそれを見届けた後、健介の後を追った。

「馬場君」

 彼の足どりはのろかった。そのため、運動音痴な三子でもすぐに彼に追いつくことができた。
 三子の声に、振り返った健介の瞳は虚ろだ。三子は今更ながらに心配になってきた。
 健介は、何か言いたげに口をパクパクした。しかし、そこから言葉が紡がれることはなかった。どうしたものか、と三子が困り果てた時、健介が徐に動き出した。

「えっ、あっ」

 三子は突然の事態に固まった。健介に強く抱き締められたのだ。 
 身動きができないまま、どうしたものかと考えを巡らせる。だが、妙に落ち着いている三子とは対照的に、火がついたよう怒りだしたのはニハの方だ。

『――っ、なにこの子! 何さんこに抱き着いてんのよ!』
「に、ニハ……」
『いい加減離れなさーい!』
「あのー、馬場君?」

 健介に意識は無い訳だか、三子はとりあえず呼びかけた。が、彼に反応はない。三子よりも僅かに背の高い彼が、ぼんやりとした表情で三子を見下ろす。

「な……何だ、この状況」

 戸惑ったような声には、三子はパッと顔だけを動かした。そこには居住まいが悪そうに、視線を僅かに逸らす修平がいた。三子は気まずくなって顔を赤くする。

「あの……これは」
『何だこいつ! 人がせっかく修平を呼んできてやったっていうのに、さんこに何してやがる!』

 イチもニハ同様、唐突に怒りだした。くるくると三子たちの周りを飛び回るが、もちろん幽体なので、干渉はできない。

「えっと……馬場君が霊に取り憑かれたみたいで」
「何で抱き合ってるんだ?」
「だっ、抱き……!?」

 生々しい表現をされ、三子は目を剥いた。

「違うよ! あっ、いや、違わないけど……」
『こいつが急にさんこに抱き着いたのよ。あーもう、さっさとこいつを引き剥がして!』
「はあ」

 いまいち納得しきれない様子で修平は健介を引き剥がしにかかった。が、この健介、意外にも力が強い。

「こ……いつ」
『ひとまず除霊したら? 馬場の様子もおかしいし』
「そうだな……」

 修平はリュックを下ろすと、ごそごそと様々なものを取り出した。

「どんな状況か分からなかったからな。手あたり次第持ってきた」

 誰も聞いていないが、一人そうごちると、修平は紙垂のついた祓串を取り出した。その間にも、健介は三子にしがみついて離さない。その顔は、どこかあどけないようにも思えた。

『もしかして……この霊、子供かもな』
「子供? 子供なの?」

 三子は意外そうな声を上げた。こんな山奥の幽霊は、どちらかというとおどろおどろしいものを想像していた。

『そうね。力も微々たるものだし、そう考えれば、さんこに抱き着いているのも、さんこをお母さんか何かと勘違いしてるのかも』
「そ、そっか……」

 子供、と言われたせいか、不思議と三子は恐怖を感じなかった。先ほど、健介に憑いたまま、ギューッと抱き締められた感触を思い出す。こんな山奥で、一人放り出されたら、確かに人恋しくもなるだろう。

「成仏……とかって、できないの?」

 気づけは三子は修平を見上げていた。修平は僅かにたじろいだ。

「成仏……?」
「う、うん。だって、この子にとって、どっちが幸せなのかは分からないけど、こんな山奥で一人ぼっちって……私なら、嫌だと思う」
『それなら……除霊よりも浄霊の方がいいんじゃないかしら?』
「えっ」
「除霊と浄霊ってどう違うの?」

 三子は好奇心に駆られてニハに尋ねた。

『んー、簡単に言うと、除霊が人や物に憑いた霊を取り払うこと、浄霊がきちんと成仏させること』
「それ、いいんじゃないかな!」

 三子はキラキラさせた瞳を修平に向けた。彼は一層たじろぐ。

「ねえ、浄霊しようよ!」
「…………」
『さんこ、無理言わない方がいいわ』
「え?」
『浄霊は並大抵の祓い屋じゃないとできない。失敗したら、自らが霊界に引きずられるかもしれないんだからな』

 むう、と口をひん曲げている修平は、どこか不満げだ。が、彼から否定の言葉が出ることはなかった。

『あたしにさせて』
「えっ?」

 皆の視線はニハに向く。

「ど、どうしてニハが? ニハも祓い屋だったの?」
『そんなんじゃないわよ。ただ、ちょっと腕に覚えがあるだけ』
「面白半分でやらない方がいい。失敗したらお前も――」
『あら、あたしの力を舐めないでほしいわ』

 ニハの口元には勝ち気な笑みが浮かぶ。

『悪いけどさんこ、身体貸してくれる?』
「え……うん、いいけど」
「おいっ!」

 慌てて修平が三子とニハの間に割って入った。相変わらず三子はきょとんとする。

「どうしたの?」
「そんなに簡単に身体を貸すなんて言うんじゃない! 相手は霊だぞ! そのまま乗っ取られたらどうするんだ!」
『失礼ね! そんなことしないわよ!』

 ニハがキーキー叫ぶが、三子の耳にそれは入って来ない。ただ真に修平を見つめ返していた。

「でも……未練が残っていれば、魂のままでもこの世に留まることができるんでしょ? 私、まだやりたいことがいっぱいあるから、もう前みたいにはならないよ」

 ハッとしたようにニハの視線が三子に向けられる。彼女も、以前三子が魂のまま成仏してしまいそうになったことを思い出したようだ。三子は心配しないで、という意味を込めてにっこり笑う。

「私ならもう大丈夫だよ。ねえ、浄霊してあげて」
『……分かったわ』

 ニハは厳かに頷くと、ゆっくり三子の中に入ってきた。今までとは違い、今度は三子も心の準備をしていたので、幽体となっても混乱することはなかった。代わりに、必死に頭の中で昨日食べ残してきたお菓子のことを思う。
 一方でニハは、三子の身体になった自身の手をしばしの間見つめる。そして健介の前に膝をついて、彼の瞳を見つめた。
 が、健介の中に入っている子供の霊は彼女に怯えたようで、少し後ずさった。

「何かしらこの子。さんこなら良くて、あたしなら駄目って?」
『ニハ! そんなこと言ったら余計怖がるよ』
「分かってるわよ……」

 ぶつぶつ言いながらもニハは立ち上がる。三子はそんな彼女をワクワクしながら見つめていた。
 何だかんだ言って、除霊・浄霊の方法を三子はほとんど知らない。除霊と言われると、何だか無理矢理というイメージが湧き出るが、浄霊の方はどうなのだろうか。
 固唾を飲んで見守っている三子は、健介の様子が目に入った。彼は、一旦はニハから離れたものの、未だ何かに興味を持っているようで、そろりそろりとニハの方へ歩み寄っていた。

『ちょっと待って、ニハ。この子、私のポケットに興味があるみたい』
「え?」

 言われるがまま、ニハがジャージのポケットをまさぐると、中から焼き菓子が出てきた。

「お菓子……欲しいの?」

 こくり、と『健介』が頷く。ニハがお菓子を差し出せば、健介は黙ってそれを受け取り、菓子を口にした。もぐもぐと咀嚼する音が響く。

「やだ、どうしてジャージのポケットにお菓子なんて入ってるのよ……。まさか、寝床についても食べようとしてたんじゃ――」
『私はそんなに食いしん坊じゃないよ! ただお昼に食べたのが残ってただけで……』

 三子は慌てて弁論したが、ニハの目は鋭い。

『おい! 子供が……成仏するぞ!』
『あっ……』

 パッと振り向くと、まさに糸が切れたように健介の身体がその場に崩れ落ちるところだった。目のみ開いて三子は彼を見つめる。幽霊が見える修平とニハ、イチの三人は、黙って空を見上げていた。

『成仏、できたの?』
「おそらくな」

 ふっと緊張の糸が切れた頃合いを見計らって、三子が声をかけた。彼女の頬はパッと色づく。

『ニハ、すごいよ! ちゃんと成仏できたんだね。きっとあの子も喜んでるよ!』
「え……あ」

 ニハは何が何だか混乱しているようだった。が、すぐに三子の嬉しそうな顔を見ると、グンと胸を逸らした。

「でしょでしょー。さすがあたし。このニハ様にかかれば浄霊なんてちょちょいのちょいよ!」
『凄い! ニハかっこいい!』
「えっへん」
「何だこの茶番は……」

 ぼそりと呟いてがっくり項垂れるのは修平だ。先ほどの状況から考えるに、ニハが浄霊をしたというよりも、彼女の持つお菓子が、子供霊の未練を断ち切ったと考えるのが普通だろう。
 このバカげた状況に付き合うにはもう時間が遅すぎる。修平は視線を鋭くした。

「で、早く戻ったらどうだ。俺はさっさと帰りたい」
「あっ、それもそうね。さんこ、早く鼻の中へ」
『あ……うん』

 一気に三子の顔は嫌そうなものへと変わる。
 鼻の穴……。いくら自分のそれだとはいえ、やはり恥ずかしいものだ。どうして衆目の場で自らの鼻の中へ突っ込んでいかなくてはならないのか。
 三子が意を決して飛び込むと、気が付けば自らの足で、地面に立っていた。耐性がついたのだろうか、前回は気を失ったが、今回ははっきりと意識があった。

『お疲れ、さんこ』
「うん、ニハもありがとう」
『どうしてあんたが礼を言うのよ』
「んー、何となく」

 三子がへらへら笑うと、ニハ越しにイチとも目が合う。三子がさらにへにゃっと笑えば、イチも思わず笑みを零し。
 よく分からない笑い声が漂い始めると、それに釘をさすように後ろから呆れた様なため息が聞こえてきた。

「もう行くぞ。俺は眠い」
「あ……そうだね。明日も早いし」
『なんか疲れたなー』
『幽霊は疲れないけどね』

 ニハたちののんびりした会話を背景に、修平はうーんと背伸びしながらキャンプ場へのろのろ向かい始めた。三子もその後をもその後を追おうとして――ハッとした。

「ちょっ、仁科君! 馬場君忘れてるから!」
「え?」
「馬場君だよ! このままここに置いて行くわけじゃないよね?」
「あー……」

 ポリポリと頬を掻いたのち、修平はしぶしぶ戻ってきた。三子はホッと息をつく。普段の健介の修平への突っかかりようを思えば、このままここに放置されていても仕方がないといえる。

『どうやって運ぶの?』
「霊力で運ぶとかできないよね?」

 三子は少しだけ期待を持って修平を見た。が、彼はぴしゃりと言い切った。

「そんな便利な力はじゃない」
「そ、そっか。じゃあ運ぶしか……ないか」

 昼間と違って、今回は美樹がいない。三子はくっと二の腕に力を入れて健介の足を持ち上げた。

「お……重い」

 三子たちはヒーヒー言いながらキャンプ場へ向かった。ニハやイチは、頭上で適当な応援の言葉をかけているが、正直なところ、何の戦力にもならなかった。

「でも……本当に馬場君って幽霊ホイホイなんだね」

 三子はマジマジと健介の顔を見つめる。いがぐり頭に、少しやせた体つき。見た目からは、そんな厄介な特性を持っているとは想像もつかない。

「ああ……そのおかげで俺は苦労したよ。自覚もなしに色んなトラブル引き連れてくるからな」
「小学校も一緒だったんだよね?」
「ああ。腐れ縁だ」

 修平はどことなく嫌そうだ。

「今回も絶対に何かやらかすと思って同じ班になった」
「そ、そうなんだ……。最初から見越して……」
「もちろんその中にはお前も入ってるからな、矢代」
「え、私?」

 突然言われて三子は理解できなかった。健介のように何かやらかす、というのはひどく心外だった。

「お守りを持っているとはいえ、油断するんじゃない。この山は本当に霊が多いんだから、たとえ馬場が憑依されてても、ついて行くんじゃない」
「ご、ごめん……」
『そうね、こいつのためにさんこが危ない目に遭うのは割に合わないわ』
『次今回みたいなことが起こったら、俺が健介を見張っておこう』

 ニハとイチが随分真面目な顔で頷いていた。三子も曖昧に頷いておいた。三対一のこの状況では、言い返した方が不利だと思った。
 キャンプ場に戻ると、未だ教師陣のテントは灯りが漏れていた。真っ暗な闇の中、まだ起きている者が自分達だけではないことに、三子はホッとした。健介を抱えたまま、一年生の男子のテントへ向かう。

「ねえイチ、誰か起きてる人がいないか確かめて」
『はあ? 俺?』
「うん。だってこの状況見られたらまずいよ。説明するのも面倒だし、もし騒ぎになったら、こんな時間にどこに行ってたんだって先生に怒られるかも」
『はいはい、行きますよっと……。ったく、さんこもすっかり人使い――幽霊づかいが荒くなっちまって、俺は悲しいねえ』

 三子のもっともな意見にイチも言い返すことができず、渋々テントをすり抜けていった。そして数秒後、顔だけをひょっこり出して言う。

『誰も起きてねえよ』
「うん。ありがと――」
「おい、そこにいるのは誰だ!」

 突然大声が響く。三子はヒッと息を呑んだ。修平に無言で促され、慌ててテントの中に入る。

「おい……消灯時間はもうとっくに過ぎてるのに、まだ起きている生徒がいるのか?」

 叫びながらこちらへ近寄ってくるのは黒井だ。三子はサーッと血の気が引いた。
 取り合えず、健介は適当に布団の中へ突っ込んだものの、三子の逃げ場がない。

「どっ、どうしよう!」
「矢代、この中へ!」

 修平が小声で布団の中を示す。彼の寝床らしい。三子は慌ててその中へ飛び込んだ。続いて修平も身を滑り込ませようとしたが――その前に、イチが立ちはだかった。

『おい修平? まさかとは思うがお前、さんこと一緒の布団に入るつもりじゃないよな?』
「――っ」

 一瞬修平は狼狽える。しかしすぐに持ち直した。

「そっ、そんなこと言われても、じゃあ俺はどこへ行けば――」
『あるじゃない、丁度いい場所が』

 そう言ってニハが示す場所は、健介の布団の中。修平はサーッと血の気が引いて行くのを感じた。

『嫁入り前のさんこと同衾させるわけにはいかねえからな』
『普通に考えて、女子一人男子二人の方が健全でしょ?』

 修平はなおも言い募ろうとしたが、鉄壁とも言える三子の守護霊二人を前にして諦めた。代わりに腕を組んで胡坐をかく。

「――じゃあもういい。馬場と一緒の布団に入るくらいなら、怒られる方がマシだ」
『ちょっと、そんなことしたら皆が起きちゃうじゃない。修平は先生に怒られてるのに、じゃあ修平の盛り上がってる布団には誰がいるんだってなるわよ?』
『さんことお前ができてるって誤解されるだろうが!』

 どこまでも保護者二人の小言はうるさい。
 修平はいい加減イライラしてきた。こうしているうちに、どんどん黒井の足音は近づいてくる。

「仁科君、私は別に気にしないから、早く入って」

 終いには毛布から顔を出した三子にそんな提案をされる始末。修平はやけになって叫んだ。

「っもういいよ! こいつで我慢する!」

 健介の間抜けな寝顔を拝みながら、修平は彼の布団の中に滑り込んだ。間一髪で、テントの入り口が捲られ、黒井が顔を出す。

「ん……? 狸寝入りか?」
「…………」

 黒井は用心深くテントの中を見渡す。が、大小様々ないびきが交じり合って、寝ている者とそうでない者との区別ができるわけがない。彼はすぐに断念した。

「まあいい。明日も早いんだ、とにかくもう寝ろよ」

 大した小言もなく、黒井はそれだけ言って去っていった。しばらくそのままじっとしていたが、それきり何も音はしなかった。三子がゆっくりと顔を出す。

「何とかバレずに済んだね……」
「ああ」

 うんざりとしたような顔で修平はひょっこり顔を出した。彼の隣には、大口を開けて気を失っている健介がいて、修平の眉間の皺は一層深くなる。

「誰のせいでこんな苦労をしてると思って……」
「まあまあ。何事もなくて良かったよ。私、もう行くね。毛布、ありがとう」

 三子はそっと毛布から抜け出した。

「おやすみ」
「ああ」

 視線を交わし合って三子は笑うと、再び闇の中へ入って行った。