17:嫌な気配が


 修平達の姿が見えなくなると、ようやく健介は足を緩め、歩き始めた。が、その間も無言だ。三子は何だか先行きが不安だった。ただでさえ彼とあまり話したことがないのに、上手くやって行けるか。

『俺もさんことこいつが二人っきりっての心配だなあ……』
『こいつ、幽霊ホイホイって言ってたものね』

 こいつ呼ばわりされる健介だが、それ以外には三子も同感だった。祓い屋である修平が、この山に幽霊がいっぱいいるというのなら、それは事実なのだろう。そんな中に、幽霊ホイホイと二人っきりにはされたくない。
 しかし、不思議と幽霊が三子たちの傍へやってくることはなかった。そのことは、ニハとイチが隣で実況してくれたので、霊感のない三子でもホッとすることができた。

『もしかして、お婆ちゃんが作ってくれたお守りのおかげなのかもね』
「あ……これ?」

 三子はそっとポケットからお守りを取り出した。これをもらってから、三子は肌身離さず持ち歩くようにしていた。霊感はない訳だが、これのおかげで身体が怠くなるようなこともない。

「おい、ここみたいだ。ここを探すぞ」

 健介は顔を上げて三子を振りかえった。三子は慌てて頷いた。
 言葉少なに、二人は宝探しを始める。一つ目は地面の中に埋まっていたため、今度もそうじゃないかと健介は躍起になって地面を探していた。三子はというと、こんなに遠い場所にあったので、何か捻ってそうだと、木の幹を探したりしていた。

『なあ、俺たちも手伝おうか』
「……っ!」

 突然の申し出に、三子は目を丸くしてイチを見た。彼は何故だか得意げだった。

『俺たちもビー玉探してやるって言ってんだ』
「……何が目的?」

 やたらと嬉しそうにしているので、三子は怪訝そうに聞き返した。イチの後ろのニハも、どことなくニヤニヤしている。

『いやー、大したことじゃないんだけどさー? もし図書カードゲットしたら、何か新しい漫画買ったらどうかなーって』
『もしくは三子の持ってるやつの最新刊でもいいわよ』
「……そんなことだろうと思った」

 はあ、とため息をつきながらも三子は頷いた。捜索の手は多い方が有り難い。ズルをしているような気もするが、幽霊なので許容範囲だろう。
 ニハとイチの介入により、三子・健介チームは四人の捜索隊となったのだが、それでもなかなか見つからなかった。

「ないな……」
「そうだね」
「ここじゃないのか?」

 ガサガサと健介は再び地図を見る。三子はその間も石を退けたり木に登ってみたり、工夫を凝らす。

「どこへ行くの?」

 見ると、健介は印のある場所から離れ、更に奥へと進もうとしていた。三子は心細くなって尋ねた。

「いや、向こうにも何かあるみたいだから行ってみようかと」
「ここにあるんじゃないの?」
「先生が書き間違えたのかもしれないだろ」

 三子は押し黙ったまま健介を見つめた。彼の背中は、どんどん木々の奥へと入り込んでいく。

「どうしよう……」
『あいつ、放っとくの?』
『なんかやらかしそうな雰囲気だよなあ。トラブルメーカーっぽい』

 隣でニハとイチが不吉なことを言うので、堪らなくなって三子は健介の後を追った。

「ねえ、やっぱりこっちを探そうよ。変なところ行ったら遭難しそうだし」
「俺たちは小学校の頃から毎年この山に登ってるんだぜ? 早々遭難するかっての」

 確かに、そういう健介の足取りはしっかりしている。が、それで三子の不安が吹っ飛ぶわけではない。
 いい加減実力行使で健介を捕まえようかと思っていた矢先、彼はふと立ち止まった。もしかしてビー玉を見つけたのか、と三子の顔は期待で輝く。

「祠……?」

 しかし、二人の目の前にあったのはただの祠だった。期待外れに三子の表情が暗くなるのに対して、健介の顔はパッと明るくなった。

「もしかしたらここに隠したのかもしれないな」
「え、祠に……?」

 何を言ってるの、という表情になるのも仕方がない。
 祠と言えば、三子も詳しくは知らないが、何かを祀っているものだ。教師ともあろうものが、学校のレクリエーション程度で触れたとは思えない。

「ねえ、止めようよ。祠に先生たちが隠すわけないよ」

 三子は顔を顰めていうものの、健介は聞く耳持たなかった。そのまましゃがみこみ、祠に手を突っ込む。

『さんこ、止めさせろ。嫌な気配がする』

 今までにないイチの真剣な瞳に、三子は息を呑んだ。おどおどと健介のジャージを引っ張る。

「あと……もうちょいで何か取れる!」
「馬場君! 本当に止めよう、危ないって――あっ」

 三子が必死で引っ張っていた健介の腕が、急にポンと引っこ抜けた。健介の手には、確かに丸いものか握られていた。が、ビー玉ではなく、それよりももう少し大きい――修平が持っていた水晶玉とよく似ていた。しかしそれは、以前見かけた透けるような空色ではなく、まがまがしい色合いをしていた。

「キー!」

 どこかから発せられる奇声に、三子は思わず耳を塞ぐ。

「ね、ねえ、もう帰ろう。なんか怖い……」

 くい、と健介を引っ張る。が、振り返った彼の瞳孔は、限界まで開いていた。

「ひっ!」
「キー!」

 健介の口から、先ほどと同じ奇声が発せられる。三子は後ずさりしようとして尻餅をついた。

「な……なに、何なの……」
『さんこ、ひとまずそいつから離れろ』
「え……あ」

 じりじりと三子は後ろに下がった。その間も、健介から目は離さない。

『こいつ……動物か何かに憑かれたみたいね。本当、馬鹿なことをするから』
「ど、どうしよう!」

 健介は先ほどからキーキーと叫び続けている。それ以外に何か害をなすわけではないが、それでも怖いものは怖い。

「矢代!」

 どこからか、救世主の声がした。三子は満面の笑みで振り返った。

「――っ、仁科君!」

 血相を変えてこちらへ走ってくる修平の後ろには、美樹もいた。

「三子ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。でも馬場君が……」
「矢代、状況は」

 この状況と今までのこいつの行動から鑑みるに、何となく予想がつくが……とぶつぶつ修平は何か呟いている。三子は目を瞬かせながら何とか言葉を紡ぐ。

「え、えっと、途中までビー玉を探してたんだけど、なかなか見つからないから、馬場君がこの祠にあるんじゃないかって、手を突っ込み始めて……」
「このアホグリ! そんなこったろうと思ったわ!」

 何を思ったのか、美樹はずんずん健介へ近づくと、その頭をひっぱたいた。それに驚いたのか、キーッと気勢を上げて健介は更に奥へ逃げていった。

「おっ、おい! どこへ行く!」

 修平はリュックから除霊道具を取り出している最中だったようだが、健介が奥へ奥へ逃げていくのを見て、慌ててそれを両手に持って走り出した。みんな荷物置いて宝探しに参加していたため、修平が一人だけリュックを担いでいる姿は大変目立っていたが、除霊道具が入っていたのかと、三子はようやく納得した。

「ほんっと、アホグリの奴、トラブルばっか起こすんだから……」

 美樹は未だプリプリしながら怒っている。三子は苦笑いを浮かべた。

「あほぐりって……?」
「アホないがぐり頭の略称よ」
「あはは……なるほど」
「ちなみに」

 ぐるんと美樹は振り返って三子を見据えた。

「三子ちゃんもあいつに腹が立ったらアホグリって呼んだら? 転入初日に、健介だってひどい呼び方したんだもん」
「ああ……」
『アホないがぐりね……あいつにピッタリだわ』
『さんこを危険な目にあわせやがって……普通祠なんかに触るか?』
『イチも昔似たようなことしてたじゃん』
『あっ……あれは! ちょっと……気の迷いって言うか!』

 そうこうしているうちに、修平がげっそりした顔をして戻ってきた。肩に気を失っている健介を抱えていた。慌てて三子と美樹は駆け寄った。

「健介君、大丈夫なの?」
「まあ、とりあえずはな。低級な動物霊で助かった。ったく、毎度毎度面倒な……」
「アホグリだから仕方がないわよ」

 美樹は吐き捨てるように言った。三子も曖昧に笑う。

「でもそれにしても……こんな所に祠なんかあった? 前来た時にはなかったような……」
「ああ、多分爺ちゃんだな」

 一旦健介を地面の上に寝転ばせ、修平は道具の整理をし出した。

「何を祀ってるの?」
「いろいろかな。あまりにもたくさんの霊がこの山に住み着いてるから、鎮めるためにここに祠を置いたらしい」
「そんな大層なものを、健介はほいほいと弄ったわけね……」
「せめて憑かれてる間に意識があれば、少しは大人しくしてもらえるんだろうがなあ」

 言いながら、修平は水晶玉を自身のジャージで磨くと、そっと祠に戻した。何となく三子はホッと息をつく。

「でも……確かに、触ってしまいそうな雰囲気はあるよね」

 三子は思わずポロリと零した。何を、と言いたげな視線が彼女に向けられ、三子は慌てた。

「あっ、いや、何かあるのかなって、冒険心をくすぐられるのかも……と思って、小学生とか!」
「健介は小学生と同類なの……」
「そ、そう言う意味じゃないけど……」
「いや、でもここには薄らと結界が貼ってあるんだ。大抵の奴は、これに触れることもできないし、その前に嫌な気配を感じて引き返すはずなんだが……」
「超鈍感な健介に、それは効かなかったってわけね」
「そういうことだ」

 何となくアホらしくなって、その場は一瞬沈黙した。誰からともなく立ち上がる。

「もうそろそろ点呼だろう」
「そうね、帰りましょうか」
「え……でも馬場君はどうするの?」

 あまりにも自然な動作で立ち上がるので、三子は一瞬不安になった。修平と美樹の視線が一瞬交差する。まさか、忘れていたわけじゃ――。

「忘れてた」

 らしい。

「とりあえず運ぶ?」
「面倒だな……」
「仕方がないでしょ」

 ぴしゃりと美樹が言ってのけると、彼女は健介の右足を持った。

「三子ちゃんは左足お願い」
「あっ、うん」
「俺は頭か……」

 呆けたような顔で気を失っている健介を運びながら、三人はキャンプ場へ戻った。帰りが遅い遅いと心配していた教師たちはもちろん仰天する。が、すぐに彼らは持ち直した。その様子から、健介が霊に憑かれて、そして修平が除霊する、といった一連の行為は日常茶飯事であることが窺える。

「ご苦労様。あとで健介君にはきつく言っておくとして……」

 小西はにっこり笑った。そして手を差し出す。

「二班の成果を見せてごらんなさい?」

 三子たちは、一瞬ポカンとした。成果……?
「ごめんね、わたし、ビー玉一つも見つけられなくって……」

 パンッと両手を合わせて由香里が頭を下げる。そのことで、ようやく一行は合点がいった。

「でも、今最下位の班はビー玉二つなんだって。もしわたし達がビー玉三つ以上なら、最下位は逃れられるよ! ね、皆はどうだったの?」

 由香里の純粋な視線が三子たちを襲う。たらーりと冷や汗が流れた。

「え……えーっと……。私と馬場君は、諸事情によりゼロ個……」
「あたしと仁科も、健介の除霊に忙しかったからゼロ個……」
「…………」

 沈黙が漂う。パンッと小西が両手を打ち鳴らした。

「じゃあ最下位は一年生の二班ね。一週間特別掃除、よろしく」
「えええー!」

 一斉に非難の声が上がった。しかし小西は聞く耳持たず。

「いろいろ事情があったとはいえ、最下位なのは事実なんだし……仕方ないわね。我慢なさい」
「そ、そんな……」

 二班の面々はがっくりと項垂れた。
 もちろん、この情報は後に気を取り戻した健介にも伝えられた。
 最下位に加えて特別掃除のことを聞き及び、健介が烈火のごとく怒りだしたのは言うまでもない。