16:幽霊ホイホイ


 黒井が強引に修平を連れ戻してくれたおかげで、二班は何とか日暮れまでに目的地にたどり着くことができた。彼のせいで、途中休憩のお昼ご飯の時間が二十分しかなかった。しかし彼は、昼ご飯の間も登山中も未だ霊のことが気になるらしく、視線をあちらこちらに向け、何か物足りないような顔をしながらため息ばかりついていた。
 そんな彼のことが気に食わないのは健介だ。由香里達は、いつものことと素知らぬふりをしていたが、彼は未だ怒りが治まらないらしい。

「おい仁科。いい加減幽霊だとか適当なことを言ってんじゃないぞ。俺たちはもう中学生だ。そんな下らないことで規律を乱すな」
「いや……」
「なんだ! 何が言いたい!」
「…………」
「言いたいことがあるならさっさと言え!」

 腕を組む健介と、視線をチラチラ彷徨わせる修平。彼は、健介がなかなか引かないのを見て取ると、溜息をついて健介の足元を指さした。

「馬場……そこに動物霊が」
「ひっ」

 健介は瞬時に飛びのいた。彼の周りにいた生徒もビクッと肩を揺らす。

「いっ、いい加減なことを言うな! 何が幽霊だ、適当なこと言いやがって!」
「なーに、また何か揉めてるの?」

 小西に報告に行っていた美樹が、三子たちの元へ戻ってきた。三子と由香里は、曖昧に笑って頷いた。

「うん……馬場君が、また修平に突っかかってる」
「馬場君って幽霊信じてないの?」
「うん、幽霊見えないらしいから」

 由香里の言葉に、三子は目を丸くした。
 その言い方だと、まるで――。

「二人って、霊が見えるの?」
「え? あ、わたし達?」

 由香里は慌てて両手を振った。

「違う違う。わたし達は全然霊感なんてないよ」
「でもさ、仁科君の近くにいると、時々何か気配を感じることあるんだよね。だから霊の存在は何となく知覚してる」
「そうなんだ……」

 三子はひとまず納得した。が、すぐに更なる疑問が浮上する。

「馬場君は、気配とか感じないのかな?」
「ああ、あいつね」

 美樹は苦笑いを浮かべた。

「あいつ、霊感は全くないくせに、仁科曰く、幽霊ホイホイらしいのよ」
「幽霊ホイホイ……?」

 その間抜けそうな響きに、三子は一瞬笑っていいものか迷ってしまった。結局、深刻そうな顔で聞き返すだけに留めておいた。

「健介、霊感は全くないの。でもその癖、霊はよくひきつける性質らしくって、小学校の時から仁科が手を焼いていたの」
「はあ……」
「幽霊に憑かれたとしても、健介はその間の意識がないから、自分が憑かれてるって意識はないみたい。だから霊のことは全く信じてないってわけ。その分、霊だ除霊だって言ってくる修平に対して、嫌悪感抱いてるらしいわ」
「そうなんだ……」

 何とも言い難い事情だった。
 修平の気持ちも分かれば、健介の気持ちも分かる。
 三子自身は霊感はないが、ニハやイチが見えるため、辛うじて霊の存在は知覚している。だが、もしニハたちの存在を知らなければ、修平のことを、変なことを口走る危ない同級生として見なしていただろう。
 修平にしても、いちいち自分に突っかかってくる健介のことは無視したいのだろうが、彼がいちいち霊を引き攣れていれば、気にならない訳がないらしい。

「本当、この班大丈夫かなあ……」

 三子は今更ながらに心配になってくるのであった。


*****


「じゃ、今からレクリエーションを始めるわよー!」

 小西の楽しそうな声とは裏腹に、生徒たちの歓声は少ない。むしろ、かったるそうな雰囲気こそ感じられる。

「皆、返事は? レクリエーションやりたくないの!?」
「…………」

 対する生徒たちの返事は色よくない。一人の三年生がサッと手を上げた。

「せんせーい」
「何かな?」
「どうして肝試し無くなっちゃったんですか? 俺たち、毎年の肝試し楽しみにしてたんですけど……」
「あー……」

 小西の視線が泳ぐ。生徒の無言の圧力に、耐え切れず彼女は口を開いた。

「その、ちょっと諸事情がありまして……。林間学校に、肝試しは似合わないと言いますか、宝探しの方が、むしろ自然を満喫できて楽しいというかなんとか……」
「要するに、もう肝試しは廃止されたんですか?」
「まー、端的に言うとそうなります」
「…………」

 はあ、と重苦しい雰囲気になる。小西は慌てながらもポンと手を打つ。

「そっ、その代わり、今年は商品を豪華にしたから! いつも以上に今年は豪華だから!」

 小西の必死の声に、生徒たちは少しだけ興味をかられたようだった。彼女の必死さ――というよりは、豪華という言葉に反応したわけだが。

「全学年合わせて、班は十二個あるでしょう? 一位の班には一人ずつ図書カード二千円、二位には図書カード千円、三位には図書カード五百円、四位には掃除一週間免除が与えられるから!」

 今度こそワーッと歓声が上がった。宝探しよりも図書カードの方に目の色が変わったことは、もはや疑いようがなかった。

「ちなみに、ビリの班には特別お掃除一週間っていう罰ゲームもあるわよ!」

 再び歓声が上がる。――というよりはブーイングが。

「じゃ、皆がやる気になったところで始めますか! 配りたいものがあるから、班のリーダーはちょっと前に出て」

 ぞろぞろと十五名が前に出る。彼らが受け取ったのは、一枚の紙だった。

「これは宝の地図よ! これを目当てにそれぞれ探してね。ただし、くれぐれも危ない所に行かないこと。分かったら各自出発して!」

 一気にやる気を出した生徒たちが、班ごとに散り散りになった。三子たちも、取りあえず美樹の元へ集まる。

「これが地図……らしいけど」

 差し出された紙を皆で覗き込んだ。

「……手作り感満載だね」
「ってか読みにくっ! 誰だよこれ作ったの」
「俺だが。何か文句あるのか、馬場?」

 丁度黒井が後ろを歩いていたらしい。健介はぶんぶんと首を振った。

「とにかく一個一個当たってみよう。まずここ、行く?」

 美樹が示したのは、キャンプ場の裏手だ。他の人員も各々頷いた。
 もう既に、ちらほらと歓声が上がっていた。チームワークがいいのか図書カードに目が眩んでいるのか、手分けして探しているようだった。

「この辺りかな?」
「さ、どこにあるかなー」
「さすがに木の上は無いよね?」

 女子三名は、和気藹々と探し始めた。草を掻き分けたり、石を退けてみたり。
 しかし健介は相変わらず浮かない顔だ。

「別に本なんか読まねえし、図書カードなんていらねえよ」
「そんなこと言わずにさー、皆楽しんでやってるんだから、水を差すようなこと言わないでよ」
「……ちっ」

 健介が舌打ちしたので、その場の雰囲気は一気に悪くなる。三子は慌てて美樹と健介の間に割って入った。

「ほ、本屋にある物ならほとんど何でも買えるよ? 漫画とか文房具とか」
「……そうなのか?」

 健介の目は疑い深い。三子をじっと見つめるので、彼女は助けを求めるように由香里を見た。彼女はうんうんと頷いた。

「よし、やるぞお前たち!」

 唐突に健介は腕をまくって、その場にしゃがみこんだ。目の色が変わっている。美樹達は呆れ返った。

「急にやる気になったね」
「あー、駄目だよ二人とも。あいつ、そんなこと言ったら漫画しか読まないじゃん……」
「単純なんだね……」
「あっ、ほら、見つけた! 多分これじゃないか、このビー玉!」

 単純な健介は、早速宝とやらを見つけてくれたようだ。ビー玉は地面の中に埋まっていたらしく、健介の手は真っ黒だった。

「おい仁科! お前も真面目に探せよ!」

 そのまま嬉しそうに修平を小突く。対する修平は、健介の手についていた土が自身のジャージについてしまったため、ものすごく嫌そうな顔だった。

「じゃ、とにかく次の所に行こうか」
「いや、このままじゃ駄目だ。作戦を練ろうぜ」
「…………」
「他の班の奴らも手分けして捜索してるようだし、俺たちもそうしないと、一位なんて狙えないぞ!」
「…………」

 鼻息荒い健介の作戦により、班は二つに分かれた。公正なるじゃんけんの結果、三子と健介、修平と美樹、そして由香里の三チームとなった。

「ええ……わたしだけ一人?」
「一人でも大丈夫だ。むしろ五チームに分かれることも考えたが、それだと探すのに時間がかかるからな」

 健介は目を閉じ、うんうんと自身の作戦に満足そうにしていた。

「おいみんな、地図は書き写したな?」
「……馬場、俺と組もう」

 健介の組み分けに、修平が異を唱えた。当然健介は怒りだす。

「はあ? 急に何言ってんだよ」
「いや……お前、憑かれやすいだろ。俺と組んだ方が――」
「またそれか! いい加減うんざりなんだよ! いっつもお前俺にばっか付き纏いやがって! おい矢代、もう行くぞ!」
「あっ、えっ」

 反射的に三子は駆けだしていた。後ろから修平のもの言いたげな視線を沸々と感じたが、その間も健介が苛立たしげに叫ぶので、三子は止まることができなかった。