12:守護霊なのかも


 三子は、学校が始まってから初めての休日を、ゴロゴロしながら過ごしていた。近くを自由に飛び回るニハ達からは、つまらないから出かけろだの、休日にゴロゴロするなんてだらしがないだの言い放題だったが、三子はどこ吹く風だった。ここ一週間ほど、幽体になったり倒れたりと、忙しない毎日ばかりだったので、いい加減疲れが溜まっていたのだ。

『なあー、暇なんだけど』
『由香里ちゃんと美樹ちゃん、遊びに誘ってみればいいじゃない』
「……家も連絡先も知らないし」
『ああ、そう言えばそうね』

 あっさりとニハは引き下がった。対して三子はちょっとホッとした。友達になったばかりで、いきなり遊びに誘うというのは、三子にとっては些かハードルが高かったのだ。

『はあ、暇ねえ……』

 だが、それにしてもこの幽霊たちの独り言の多さ。いや、独り言というよりは、これみよがしに自分に向かって訴えているに違いない。いつまでも家でじっとしているんじゃないと。早く自分達を面白い場所に連れて行けと。

「もう、仕方ないなあ……!」

 三子はようやく重い腰を上げた。隣でぶつぶつと騒がれていたら、ゆっくり休めるものも休めないのである。

『わーい、さんこ、どこへ行くの?』
「さあね」

 三子は涼しい顔で返答する。実際のところ、外出はする気はなかった。何となく雲行きも怪しいので、外出はしないまでも、家の中をウロウロするくらいが妥当だろう。
 居間へ行くと、祖母が一人ちゃぶ台でお茶を飲んでいた。三子はキョロキョロした後、彼女に目を向ける。

「あれ、お母さんは?」
「理恵子は図書館に行ってますよ」
「そっか……。お母さん、本当に本が好きなんだね」

 三子も笑って智恵の前に座る。東京にいた頃も、母は図書館に入ってばかりだった。そもそも、司書として図書館に勤務しているだけでなく、休日にも図書館に行こうというのだから、よほどの本好きだと言えるだろう。

「そう……ですね。昔はそれほどではなかったんですけど」

 物憂げに口にする智恵に、三子はそれ以上掘り下げることはしなかった。代わりに明るい口調でおどけてみた。

「そういえば、家の仕事で何か手伝えるようなことってある? 私、今日は出かける予定もないから、暇で暇で」

 智恵の後ろで、ニハやイチが不満そうな顔をしているのが見えたが、三子は構いやしなかった。自分の部屋でダラダラ過ごしていたいところを、わざわざこうして自室から出てきたのだ、これくらいの譲歩はして欲しいものだ。

「折角の休日なんですから、家で休んでいてはどうですか。それに、数日前病院に運ばれたばかりでしょう。今日明日と家でゆっくりしていなさい」
「いや、でもずっと部屋にいると何だか気分も優れなくって……。最近運動不足気味で。何か手伝えることないかな?」

 珍しく食いつく三子に、智恵は気圧されたように一旦黙ると、何か考える様な素振りになった。

「では……蔵の方からいくつか出してほしいものがあるんですけど。急な引っ越しに、三子さんの部屋は何とか間に合ったんですけど、理恵子の部屋の方はまだあまり揃えられていなくて」
「分かった。何を出せばいいの?」
「今書き出すから少し待ってください」
「うん!」

 立ったまま智恵を待つ三子に、彼女は手を動かしながら口を開いた。

「蔵の場所は分かりますね。家の裏手です。よろしくお願いします。私はこれから町内会へ行ってきます。気分が悪くなったらすぐに休むように」
「はい」

 智恵から紙を受け取り、三子は元気よく家を飛び出した。家の中でまったりしていたかった……はずなのだが、いざ祖母の役に立てるとなると、嬉しかったのだ。いつも彼女はどこか三子と線を引いていて、三子が手伝いを申し出ても、なかなか三子に頼ることはなかったためだ。
 蔵は、平屋である家のすぐ裏手にあった。重い扉を開けると、中は少々埃っぽかったが、気にするほどのことでもない。三子は腕まくりをした。

「ようし、どこから捜索しよう」
『おお、これが蔵かー。何か掘り出し物でもありそうだな』
『男の子ねえ』

 無邪気なイチと、斜に構えているニハ。対照的ではあるが、何となく根本的に似ているような気がして、三子はクスクス笑った。

「二人も手伝ってね。スタンドライトとか、花瓶とか、カーテンとかだって」
『はいはい。いっちょやりますかー』

 蔵の捜索は、なかなか騒々しかった。年代物の壺や茶器を発見することもあれば、会いたくない黒い生物に遭遇することもある。後者に関して言えば、幽霊であるニハたちに黒い生物が飛んでくることはないので、もっぱら騒いでいるのは三子一人だったが。
 あらかた荷物を発見し、そして運び終えたところで、だんだん空が暗くなっていった。今にも雨が降り出しそうな天気だ。

『雲行きが怪しいわね』

 ニハも険しい表情で空を見る。

『さんこ、家の中に入った方が良いんじゃない?』
「えー、これくらい大丈夫だよ。あと少しだから、少しくらい濡れても平気だし」

 三子は軽い調子で言った。ここから玄関まで十数メートルの距離だし、そもそも蔵の中で雨宿りすることもできる。ニハが何をそんなに慌てているのか、三子はさっぱり分からなかった。

『でもねえ……』
『さんこ、とりあえず今日はこれで終わっとけよ。家に入れ』
「ええ……イチまで。もう少しで終わるよ。ちょっと待ってて」

 何かもの言いたげな二人をよそに、三子はちゃっちゃと残り一つの荷物を探していた。

「あ、あったー。これかな?」

 そしてようやく目当ての物を掘り出した時、後ろでバタンと大きな音が鳴った。三子はビクリと肩を揺らした。何が何だかさっぱり分からない。大きな音と同時に、辺りが真っ暗になったのだから。

「な、なに? 急に……」

 電気が消えてしまったのかとも思ったが、もともとここに電灯はない。仕方なしに、入り口からの光を頼りに捜索していたのだ。となると、入り口が閉まったのか。

「ええ、どういうこと……。ニハ、イチ、いるよね?」
『いるけど』
「どうなってるの? 二人の悪戯じゃないよね?」
『こんなくだらないこと誰がするか!』

 三子はゆっくりと一歩一歩歩き出した。途中何度も変なものを蹴飛ばしてしまい、三子は気が気でなかった。今度からは、片付けつつ捜索しようと固く心に誓いつつ、入り口を目指す。手探りで扉を見つけると、精一杯引いてみた。

「え? あ、開かない……!」

 用意には信じられなくて、三子は何度か扉を引いてみる。だが、結果が変わることはなかった。それどころか、まるで向こう側から何者かが入ろうとするかのように、ガタガタ扉が揺れ出した。

「だ、誰かいるの……?」

 三子は恐る恐る扉の向こうへ声をかけたが、返答はない。その代わり、扉は相変わらず激しく揺れたままだ。

『人の仕業じゃないわ。幽霊よ』
「ゆ、うれい……? なんで、どうして?」
『分からないわよ。ほんっと下らないことするわね。あたし、一言言ってくるわ』

 ニハはヒューッ扉の向こうへすり抜けて行った。
 三子は扉に近寄って、向こう側の様子を窺ってみるが、声は薄らとしか聞こえない。時間が経って目も慣れて来たので、三子はキョロキョロと辺りを見渡した。

「ねえ、イチ。近くにいるよね?」
『いるいる』

 イチは面倒くさそうに返事をした。その方向をジッと見ると、確かにぼんやりとイチの姿が浮かび上がった。

『さんこは幽霊が見えないんだから安心してろよ』
「うん……でも」

 扉の向こうからは、ぼんやりとニハの声が聞こえるが、何を言っているかまでは聞き取れない。扉の揺れは、相変わらず止むことはない。三子が不安げに両手を組みなおした時、不意に扉の音が止んだ。

『うわっ、こっち入ってくんなよ!』

 途端に聞こえてくるイチの慌てたような声。三子は更に怯えた。

「え……えっ、こっちに来たの!?」

 三子が蔵の奥へ避難する間もなく、何かが彼女の頬をかすった。幽霊であるイチは、触れないはずだ。じゃあ何が。
 答えに辿り着く間もなく、次から次へと、その何かが三子に向かって飛んできた。柔らかい物も固いものもお構いなしだ。三子はその場に蹲った。

「な、なにこれー」
『さんこ、大丈夫!?』

 中の騒動を聞きつけたのか、ニハが外から入ってきた。その間も、物は飛び続けていたのだが、聞き慣れた声に、三子は少々安心した。

『あいつが悪さしてるのね。ったく融通の利かない奴……! ちょっと乱暴な手段になるけど、あんたがいけないのよ!』

 ニハは金切り声をあげて再び外へ出て行く。三子はぶるぶる震えたままで、声をかけることすらできなかった。
 しばらくして、物音が止んだ。三子はそーっと顔を上げる。

「ど、どうなったの?」
『さあ。二人とも外にはいないみたいだけどな。ニハが遠くに引っ張って行ったのかも』
「大丈夫だよね? ニハ」
『大丈夫……に決まってるだろ』

 イチの妙な間に、三子は余計に不安を抱く。良くも悪くも、イチは嘘がつけない幽霊だった。

『はあ……ったく。俺、ちょっと見てくる』
「え、あ……」

 戸惑う三子をよそに、イチは躊躇いもなく扉の向こうへ消えていった。一人きりのこの状況が、三子は不安で堪らなかった。ニハの様子も気にはなるが、また見えない場所から物がとんでくるのではないかとハラハラし通しだった。
 どれくらい暗闇の中にいただろうか。
 三子は、いい加減不安で押し潰されそうだった。暗闇の中でいつまでも一人だなんて、不安じゃない人なんかいない。
 そういえば、外の幽霊がいなくなったのなら、もしかして扉が開くんじゃないか。
 三子はふとそう思い立つと、そーっと立ち上がり、扉に手をかけた。そしてゆっくり引こうとした時、扉からにゅっと何かが現れた。

「わーっ!!」

 咄嗟に三子は大声を上げて後ずさった。足が何かに引っかかり、その場に尻餅をつく。

『おい、俺だって、イチだって!』
「び、びっくりさせないでよ……」

 慌てたように両手を振るイチに、三子はホッと息を撫で下ろした。が、バクバクと鳴る心臓が落ち着くまでは、もう少し時間がかかりそうだった。

『びっくりしたのは俺の方だ! 幽霊見えないくせに、俺に驚くなっての!』
「誰だってドアから人が出てきたら驚くに決まってるよ……」
『あいつの方がよっぽど怖い顔してるのに、何で俺が驚かれなきゃいけないんだよ。幽霊見えなくて良かったな!』

 半ばやけっぱちなイチの声に、ようやく三子も気が落ち着いてくる。

「で、どうだったの? ニハは大丈夫?」
『今ニハは丁重に幽霊殿をお送りしてるよ。多少感情が高ぶってたみたいだけど、大丈夫だろう』
「どうして……その幽霊は私をここに閉じ込めたの?」
『……まあ、幽霊にもいろいろあるんだ。気にすんな』

 適当な調子でイチははぐらかした。彼が何か隠しているのではないかと三子は不満に思ったが、深く問いかける元気もなく、追及を諦めた。

「ていうか、一つ、言ってもいい?」
『なんだ?』

 それよりも、今は気にかかることがあった。

「普通、こういう時は男の子が危ない役を引き受けるんじゃない? ニハは女の子なんだよ? 危ない幽霊をお送りするって、その時に返り討ちに遭ったららどうするの」
『…………』

 呆気にとられたようなイチに、三子もだんだん調子を取り戻す。

「前から思ってたんだよ。ニハは無鉄砲で、イチはそのフォローばっかりしてるなって。それが悪いわけじゃないけど、やっぱりイチには男の子としてニハを守らないと。さっきみたいにニハが飛び出していこうとしたら、俺が行くよって言わないと」

 何となく説教をしている気分だが、三子は気分が高ぶっていて、あまり他のことには気が回らなかった。
 三子から見ても、確かにニハは頼りがいがあって、イチは彼女の尻に敷かれているような印象を受けた。だが、そうはいってもやはりニハは女の子だ。なんとなくニハの方が年上なのだろうことは理解していたが、それでもいつもいつも女の子が矢面に立つというのは如何なものだろう。イチには、ニハを支えてほしいと思った。
 三子はあくまでそう熱く語るのだが、イチはしばらくポカンとした後、腹を抱えて笑い出した。

『お、俺がニハを守るだって? ニハに聞かせてやりたいぜ!』
「な、え……?」
『や、でも結局は馬鹿にされるか……』

 勝手に盛り上がっておきながら、勝手に落ち込むイチ。
 三子は何だか分からなくなって、置いてけぼりだった。イチが落ち着いたのは、それからしばらくしてのことだった。

『あいつは俺より強いから大丈夫だよ』

 イチはいまだ頬を緩ませたまま、三子の元へ降りてきた。彼女の目線に合わせ、優しい表情になる。

「幽霊にも強いとかあるの?」
『まあ、な。分かりやすく言うと、霊力か。あいつは尋常じゃないくらいの霊力持ってるから。俺がいたらむしろ足手まといっていうか。あいつの中では、自分が敵を追っ払う役目で、俺は三子を守る役目なんだろうな』

 三子はハッとして目を見開いた。そうだ。確かに自分にはいつもニハとイチの誰かがいた。二人とも自分の元からいなくなるという事態は今までにほとんどなかった。

「――ごめん。イチは私を守ってくれてたんだね。そうだよね。ごめん、勝手なこと言って……」
『別に気にしてねえって。確かに普通は男が出て行く場だもんなー。でも幽霊に力の差とか関係ないのが現状なんだよな。そのせいで、俺はあいつに尻に敷かれっぱなしだし。見てても分かるだろ?』

 落ち込んだ三子を慰めるためか、イチはおどけたように笑った。ようやく三子の顔にも微かに笑みが浮かぶ。

『なになにー、何だか楽しそうな雰囲気じゃない』

 ハッとして三子とイチが振り返ると、扉からにゅっと顔だけ出したニハがニヤニヤ笑っていた。

「ニハ、お帰り! 大丈夫だった?」
『ああ、平気平気。ちょちょいのちょいよ。とりあえず家の中で話しましょ。この蔵は危険だわ』
「この蔵……何かあるの?」

 明るい口調ではあるが、ニハの言葉には引っかかるものがあった。三子は不安げな顔になったが、ニハは軽い調子で片手を振る。

『この蔵が特別危険という訳じゃないわ。あの家の方がまだ安全なのよ』
「安全って……」
『大丈夫よ、さんこはあたしたちが守るわ』

 イチと変わらない、しっかりした口調でニハは言う。三子は自分の胸がじんわりと温かくなるのを感じた。

「ニハとイチは、私の守護霊なのかもね」

 三子は無意識のうちに呟いた。
 私を守ってくれる存在。

『守護霊……か』

 イチも感慨深げに繰り返す。

『単に幽霊って言われるよりは、よっぽど聞こえがいいな!』
『あらー? あたしは勝手にずっとそう思ってたけど?』 
 なぜだかニハはふんぞり返ってそう言った。

『あたしたちはあんたが小さいころからずーっと見守って来たんだもの、当然、守護霊に決まってるでしょ』
『お前が守護霊か……』
『何か文句でも?』
『いいえ、別に何もー』

 和やかに口喧嘩をする二人を見て、三子はクスクスと笑い声を漏らす。

「私……すごく嬉しい」
『何よ、急に』
「だって、ずっと友達なんていなかったんだもん。二人が私の初めての友達……。すごく、嬉しい」

 三子が満面の笑みで二人を見ると、イチは照れくさそうにポリポリと頬を掻いた。

『友達じゃなくて守護霊だって』
「どっちも似たようなものだよ」
『……そ、そうか?』
「これからもよろしくね。ニハ、イチ」
『ええ』
『ああ』

 力強い返答が、同時に響いた。