28:出迎え


「ここか?」
 一方千世村のすぐ外では。
「はい。地図を見た限り、ここが有力かと」
 ものものしい一行が村の様子を探っていた。
 地につくほど長い羽衣を羽織っているのは二名。丁度胸の辺りには神殿の象徴が存在を主張している。しかしそれ以外の者たちは皆武装しており、筋骨隆々な体つきだった。
 一見すると、神に仕える神殿の者が、武装した男たちと共にあることが奇妙に思えるかもしれないが、それも、長い旅路を護衛してもらうため、と思えば納得もいく。
 しかしそれにしても仰々しい。ただの神官二名の旅路に、十人以上の護衛が、果たして必要なものだろうか。
 しかし彼らの今回の目的は、ただの旅ではない。ある者の出迎えだった。
「この村におられるのは確かなのだろうな?」
「はい。ここ最近の雨は、この村を中心に円状に広がっています。ここで間違いないかと」
「まさか千世村におられたとはな……。巫女様もご自身がこの村に憎まれていることはご存知なのだろう?」
「はい、そのはずですが……」
「巫女様の安否が心配だ。もしかしたら御身を拘束されているのやもしれん。早くお連れして、神官長様にもご報告せねば。行くぞ」
「はい」
 言葉少なに若い神官は頷く。頭に血が上った村人は、何をするか分からないと、巫女の身を危ぶんでいた。
 村の入り口には、門番らしき男が一人いた。握り飯片手に欠伸、という何ともずさんな仕事ぶりに、自然、神官たちの眉根は寄る。
「神官様方が、一旦何のご用事で?」
 威嚇のつもりなのか、精一杯の敬語は使っているようだが、口調に何とも荒っぽさが目立つ。神官は皮肉な笑みを浮かべた。
「ここに巫女様がおられるはずだ。通してもらおう」
「巫女様あ?」
 素っ頓狂な声を上げる。神官たちは顔を顰めた。耳障りな笑い声が響き渡る。
「あっはっは! 面白いことをお言いで! こんな辺鄙な村に巫女様!? ぜひとも一度お目にかかりたいもんだ!」
「村長はおられぬのか。お前では話にならん。村長を呼べ」
「村長? あんたたちみたいな輩には村長を呼ぶまでもないよ。さっさと帰んな」
「村長を呼べ」
「ああ? 聞こえなかったのか? さっさと帰れって言ったんだよ!」
「…………」
 埒が明かない――そう思ったのか、神官は徐に後ろの男に顎で示す。屈強な男はそれだけで理解したのか、長剣をすらりと抜き、村人へ向けた。
「巫女様の御身のためならば、我々は一つの小さな命を奪うことも厭わぬ」
「――こっち、来な」
 抵抗の限界を悟ったのか、村人は心底嫌そうに背を向けた。始めから抵抗などせねばよいものを、と神官は憎々しげに口元を歪めた。
「して、村長はいずこに?」
「黙ってついてきな」
 ぴしゃりと遮ると、村人はもくもくと歩き続けた。対する神官たちの方は一層不機嫌になった。立場が違うというのに、この男の尊大さ。加えて、自分達をぶしつけに見る村人たちのことも食わなかった。興味津々、といったものから、憎々しげに睨み付ける者もいる。
 こんなところ、用が終わったらすぐに出て行ってやるわ、と神官は鼻息荒くした。
「雄造」
 村人が村長らしき男に声をかけるころになると、神官たちの機嫌は地に落ちていた。彼らが案内された場所は山の麓で、そこで何やら作業する男たちの汗と熱がムッと立ち込めていて、気分が悪かった。加えて彼らの人数。汗をダラダラと掻いている男たちが視界いっぱいに広がり、神官たちは不快に顔を顰めた。
「何だ?」
「この……方たち、神殿の使いの者が、お前に用があるらしいと」
「神殿?」
 雄造と呼ばれた男の目がすうっと細められる。先ほどまで隣の男と談笑していた彼の柔らかな雰囲気が身を潜め、一気に冷たくなる。
「お主が……村長か?」
「まあ」
 適当な返事だ。神官は視線は鋭くした。
「神殿のお人かい? この村に何のご用で」
 相変わらず言葉遣いは粗野だ。だが、迫力がある。
 神官は無意識のうちにごくりと唾を飲み込んだ。
「――ここに、巫女様がおられるとの情報が入った。
「……巫女だ? 知らねえな。俺たちの村にゃ滅多によそ者は来ねえよ。来たとしても、数日で他のとこへ行っちまう。見ての通り、何もねえからな」
 飄々と答える雄造は、どうにも嘘をついているようには見えなかった。神官は一つ息をついて、気持ちを入れ替える。
「――そうか、分かった。では聞き方を変える。この村に、近ごろ女子は来なかったか。年のころは丁度十七、八ほどだ」
「――っ」
 雄造の目が驚きに開かれる。巫女――と言われて思い当たるものは無いが、女子と言われて思い当たらないものは無い。しかも、先の質問に加えてこの神官の口ぶりでは、まるでその少女が巫女であると言っているようなもので。
「――知らねえな」
 雄造は思わずそう答えていた。とっさの判断だった。だが彼の後ろにいる村人たちはもちろん驚いて雄造を見る。神官が言う少女が、佐代であることは明白だった。時々村の女たちとここに来ては、手作りのお弁当を持って来てくれる白い肌の少女。
「――謀ると痛い目に遭うぞ。ここにいることはもう突き止めている。その女子を出してもらおう」
 雄造は平然としているものの、彼の後ろの村人たちの動揺は隠せない。神官は、巫女がここにいることを確信していた。
「お引き取り願おう。ここには誰も来ていないといっただろう」
「なおも頷かぬか。ならばこちらにも考えがある」
 顎で合図すると、待ち構えていたように、屈強な男たちが前に出た。手には様々な武器を持っており、目には戦闘への興奮を滾らせている。その手の熟練であることは明白だった。対して雄造達の方は、人数では勝っているものの、武器と言えば己の拳しかなく、体術にすら自信はない。
 場がシンと静まり返る。雄造の方も、分が悪いことは承知していた。しかし、いくら神殿といえども、罪もない村人を何人も殺めることは立場上躊躇うはずだ。どちらが折れるか、そんな気配が漂っていた。
「――お止めください!」
 一触即発の空気を切り裂いたのは、細い女の声だった。
「通してください……。巫女なら……巫女はここにいます」
 男たちの身体を押しのけて、小さな体が姿を現す。彼女は肩で激しく息をしていた。
「巫女様、ご無事で何よりでございます……!」
 感激の声を上げるのは神官たちの方だ。二人しかいないが、先ほどから尊大な態度をしていた彼らが膝を折る姿は、見ている者に純粋な驚きを与えた。
「しかしその恰好は? まさか、この者たちに手酷い目に――」
「彼らは何も知りません。私が彼らを騙していたんです」
 男物の服を握りしめ、巫女は言う。
「もう……行きましょう」
 巫女は顔を俯賭けた。そのせいで、髪が彼女の表情を隠す。
「仰せのままに。おい、引き上げるぞ」
 神官が前に出ると、男たちはそれぞれ武器を仕舞い始めた。ガシャガシャと騒がしくなる中、小さな巫女に村人たちの視線が集まった。
 唇を湿らせ、巫女は声を押し出す。
「な、長い間……お世話になりました。騙していて申し訳ありません……!」
 深く、頭を下げる。それを見て神官は何やら苦言を呈そうと口を開いたが、すぐに閉じる。どうせ短い別れの時間だ。そのくらいは好きにさせようとの気まぐれだった。
「さ、佐代ちゃん……」
 誰かがポツリと呟く。
 佐代はびくっと肩を揺らした。そっと顔をあげるが、目に映ったのは、複雑な感情のこもった表情ばかり。怒りも、悲しみも、驚きも。
 佐代は再び下を向いた。足が、唇が震えて、それ以上彼らと顔を合わせることはできなかった。
「――松樹さんにもよろしくお伝えください」
 本当に掻き消えそうな声だった。それだけ言うと、彼女は身を翻してかけていった。巫女様、と困惑したような神官たちの声が後を追う。
「…………」
 誰も、何も言わなかった。誰もが困惑と、疑問を抱えていた。
 腹の探り合いのような空気だった。直情的な彼らは、普段は他人に扇動されることはない。が、今回ばかりは、誰かが声を上げれば、一気にその意見に傾くだろうことは直感で分かっていた。
「佐代……」
 佐代と一緒に来たのか、男たちの集団のすぐそばに志紀がいた。彼女は、男たちの疑惑や困惑などの複雑な感情など持ち合わせていなかった。
「佐代……」
 ただ、佐代がいないことに、去ってしまったことに、困惑したような声を上げるのみだった。