03:魔女見習い、割って入る


 メアリの本当の家に帰宅してから、数日が立った。

 まだミネルヴァは、無断外泊――と言っても、全然無断じゃない、正直ミネルヴァの失態――を根に持っているのか、今日もわざわざ街にお使いに来させられていた。

 ミネルヴァの転移魔術なら一っ跳びなのだから、正直なところ、自分で買い物を済ませてほしいのだが、そこは捻くれミネルヴァ。相手が嫌がることをするのが大好きだから、仕方がないと言える。というか、もう慣れた。

「おじさん、このリストの物ください!」
「あいよ! ちょっと待っててくれ」

 店の主人に羊皮紙を渡すと、すぐに彼は店の奥に入っていく。
 リストに書かれたものは、何かの薬の調合に必要らしいが、メアリにはさっぱりよく分からなかった。

 メアリはミネルヴァの弟子だが、正直、彼女の本職、薬の調合や生成にはあまり興味がない。昔はよく叱られながら薬草やら毒草やら覚えさせられたものだが、メアリに興味や適性がないことを知ると、手のひらを返したように薬学の勉強を師匠から放り出された。

 始めは愚図で頭の悪い自分に呆れて、教える気が無くなったのだと悲しんだが、次第にそうではないと気づいた。ミネルヴァは、その個人に適正な勉強をさせるという考えだったのである。その証拠に、メアリが机に向かってする勉強よりも、実際に外に出て学んでいくことの方が好きだということに気付くと、後者のやり方で学ばせてくれた。

 しかし、そんな師匠の下で勉強させてもらっていても、メアリ自身は、将来どんな風に生きていきたいかなどはさっぱりだった。マティルダは家の農家を継いでくれる人と結婚すると言っているし、魔女の友人は、医術に興味があるらしく、その方面をもっと勉強したいと言っていた。それに比べ、自分はどうだろうかと、メアリは時折悩んでいた。

 この年になっても自分の将来が決められず、親の脛をかじるかのように、いつまで経っても師匠の下で暮している。
 きっと、その辺りにも、ミネルヴァから一人前の魔女として認められてもらえない理由があるのだと思う。

「ほらメアリちゃん、これでどうだ!」
 元気よく店の主人が声をかけてきた。メアリの後ろ向きな思考も一旦中断される。

「あ、ありがとうございます。じゃあちょっと確認させてもらいますね」
 念のため、一つ一つリストの名前と小瓶のラベルと照らし合わせていく。店の主人のことを疑う訳ではないが、何しろもしも一つでも足りなかったら途端にミネルヴァが怒ってしまうのだ。主人もそれが分かっているのか、ニコニコとメアリの様を眺めている。

「――はい、これで全部ですね。じゃあ代金は……」
 メアリはミネルヴァからもらった財布を取り出した。もう使い古してボロボロのものだ。いい加減新しいのを買えばいいのに、と使うたびに思う。

「はいはい。丁度頂いたよ。まいどあり!」
「ありがとうございました!」

 代金を支払って店を出ながら、どこかより道でもしようかとメアリは考える。隣村や近隣の村ならよくお使いで行くのだが、この街には滅多に来ることができない。だからこそ、たまのお使いで街を探検するのがメアリの楽しみだった。

 エリス達とここに視察に来た時は、中心街と、その周辺の裏町を回っていた。ならば今日は、中心から外れた辺りを見回ってみようか、そんな風に考えていると、少し離れた場所に人だかりが見えた。好奇心をくすぐられ、メアリは思わずそちらへ近づく。こういう時にしか役に立たない、自分の小柄な体を利用して、人だかりをくぐって行った。そして目前に現れたのは、向かい合っている二人の女性。

 中年の女性は知らないが、もう一人の女性――若く、暗い色合いの服装をしている女性の方はメアリも知っている。数年前まで、魔女の村で暮していたシェリアだ。メアリの近所に住んでおり、何かと相談相手になってくれていた姉のような存在――。

「あんた……もう今日という今日は許せないよ!」

 中年の女性は、手を大きく振り上げ、シェリアの頬を打った。咄嗟のことに身を守る術を持たなかった彼女は、その勢いに地面に倒れた。メアリとしては、何が何だか分からなかったが、見過ごすことはできない。慌ててシェリアに駆け寄った。

「ちょ……! シェリアさん、大丈夫ですか!?」
「え……ええ。……メアリ、どうしてここに?」

 シェリアは打たれた頬より、メアリの存在に驚いているようだ。メアリはクルッと振り返ると、中年の女性を睨む。

「いくら何でも暴力は良くないです」
 状況はさっぱり分からないが、まずは話し合うのが先決なはずだ。にもかからわず、暴力に訴えるなど。

「何言ってんだ! こいつが先に仕掛けてきたんだ! あたしの旦那を誘惑して……!」
「え……?」
「違います、私はそんなことしていません!」
「違わないね! こいつは魔性の女だ! あたしの旦那を色目で誑かして、貢がせたんだよ!」
「それは……!」
「いったい何を使ったんだ、惚れ薬かい!? 魔女だったらさぞどんな薬で作れるんだろうね!」
「そんな……」

 シェリアは絶望の表情を浮かべる。当事者でないメアリには、どちらが正しいのかは分からないが、しかしまずは冷静に話し合うことが大切だと思う。間違っても、こんな野次馬の中――誰が見ているとも知らない中で、怒鳴り合うことではない。

「一旦落ち着いてください! みんな見てます。まずはどちらかの家で、静かに話し合いを――」
「うるさいね! だいたいあんたは誰なんだい! 急に割り込んできて、その女の仲間か!?」
「わっ、わたしは……」

 急に矛先がメアリへと向けられたので、慌てた。その隙に、中年女はメアリのことを上から下へと値踏みするように見下ろした。

「あんた……その恰好、もしかして、その女と同じ魔女かい?」
「それが何だって言うんですか」

 彼女の言葉に棘を感じ、メアリは真っ向から刃向う。女は、蔑むような表情を浮かべた。

「あんたら魔女ってのは何なんだ、話し合いの場に急に割り込んできて。しかもその変な恰好。気味悪いったらありゃしないよ」
「べっ、別に恰好は関係ないでしょう!」

 皆が皆、メアリの恰好について言及してくるので、いい加減うんざりしていた。
 恰好くらい自由ではないのか。確かにメアリのこの恰好――黒いローブに、フードまでしっかり着込んでいるその様は、若い女子の恰好としては浮きまくりだとは思う。しかし、好きでしているんだ、他人ににどうこう言われたくない。

「それにあんたのそれ――」
 更に中年女は、メアリの前髪を掴んで上に引っ張った。メアリはその痛みで顔を歪める。

「気持ち悪い目だねえ。左右で色が違うのか。――悪魔の申し子だ! あんた達、こんなところに悪魔の子がいるよ!」

 女の大きな声で騒がれ、後ろの人だかりはザワザワと揺れる。人目にメアリの左右で違う瞳を見てみようと近寄ってくる。

「止めてください! メアリを離して!」
「い……痛いですって!」

 シェリアとメアリ、二人がかりで女の手を離そうとするが、歪んだ笑みを浮かべる彼女の手は一向に離すことはできなかった。むしろ、どんどん力が込められていく。

 あまりに女が髪を振り回すので、次第にメアリは耐えきれなくなって女の腕を強く振り払った。その拍子に、女はよろけ、尻餅をついた。

 一瞬何が起こったのか分からない表情で女はきょとんとしていたが、瞬時に大声を上げた。

「痛っ……痛たたた!」
「――っ、大丈夫――」
「触らないでおくれ!」

 慌ててメアリが助け起こそうとすると、女は大きく手を振り払った。

「あんたのせいで腕が折れちまったよ! 全く、どうしてくれんだい!」
「な……ちょっと倒れただけじゃないですか」
「ちょっと? ちょっとって言ったかい? 人を痛めつけておいて、よくもそんな……!」

 だいたい、今女が庇っている手は、先ほど駆け寄るメアリを振り払った手だ。滅茶苦茶にもほどがある。

「ちょっと、ちょっとお役人さん! こっちに来ておくれ!」
 メアリはハッと辺りを見回す。すると、確かにここへ向かってこようとしている帯剣した兵士の姿を見つけた。これほどの騒ぎだ、誰かが兵に知らせてもおかしくはない。

「いったいこの騒ぎは何なんだ」
「この子……この子がね、あたしのことを突き飛ばしたんだ。酷いと思わないかい? 腕まで折れちまってね」
「じゃあその腕見せてくださいよ! 折れてるか確認させてください!」
「っ、嫌だよ! またあんたに近づいたら、今度は何されるか分かったもんじゃない」

 女は警戒するように腕を庇う。その仕草がわざとらしく、すごく腹が立った。その様子に、兵はメアリの方に目を向ける。彼女の奇怪な恰好が気になったのか、わずかに目を見張る。

「お前……」
「この子! この子魔女なんです! その奇妙な技を使って、あたしの腕を折ったんですよ!」
「魔女だと?」
「いや! さっき突き飛ばされたから折れたって言ってたじゃないですか! 支離滅裂ですよ!」
「うるさいねえ! あんたは黙ってな! ……ねえ、お役人さん、早くあの子を牢に入れちまってくださいよ。あんな乱暴な魔女の子、放っておいたら大変なことになりますよ」
「かっ、勝手なこと言わないでください!」
「だいたいは分かった。後は牢屋でゆっくり話を聞かせてもらおう」

 言いながら、兵はメアリの腕を拘束する。ご丁寧に手錠までかけられた。その無機質な施錠の音に、メアリは絶望よりも怒りが湧いてきた。

「いや、全然わかってませんよね!? 何であの人の話は聞いて、わたしの話は聞いてくれないんですか! わたし腕なんて折ってませんから!」
「皆罪人はそう言うんだ。俺はやってないってね」
「そ……そんなの、じゃあ一度冤罪を被ってしまったら、一生
そのままって言うことですか!」
「ああ、そうかもしれないな」
「んな適当な!!」

 メアリは手当たり次第に騒ぐ。当然だ、こんなところで前科餅になんてなりたくはない。

「お願いします、メアリは何も悪いことなんてしていないんです! 止めてください!」
 すると、シェリアも加勢に入ってくれた。兵の手に縋り付き、懇談する。その涙ながらの様に、僅かに彼も躊躇の様を見せたのだが。

「ねえお役人さん、実はもう一人罪人がいるんだよ」
「何?」
「あのね、私の旦那を誑かした女がいてね、ほら、丁度その――」
「あ……ああー!! すいませんわたしがやりましたあ!!」

 役人の耳のすぐ近くで、メアリが突然叫び出した。彼はびっくりして耳を抑えるとともに、すぐにメアリを睨み付けた。

「何だ貴様は! 騒がしい!」
「あの、本当腕折っちゃってすいません! わたしが悪かったです! 牢屋で一日反省しますから、ほら、さっさと行きましょう!」
「罪人のくせに、何で主導権を握っているんだ……」

 ぶつぶつ兵が何か言っているが、注意は逸らせたようだ。メアリは少しばかりホッとする。

「ちょ……ちょっと待っておくれよ! まだあの女が……!」
「近づかないでくださいよお! それ以上近寄ったらまた腕折りますからね!」

 意味が分からない。が、叫ぶ。ここでシェリアまで投獄されたら、自分が何のために割って入ったのか分からなくなってしまう。

 しかし、こうしてメアリの罪状は膨らんでいくのだろうか。
 隣で役人が脅迫罪も追加、と呟いている。
 これがわたしの人生か、と少しばかり悲しくなった。

「ほら、さっさと行きますよ!」

 やり遂げた、のだろうか。少なくともシェリアは今日は牢屋に入れられることはないだろう。その間に、夜逃げしてくれれば。
 しかし、どうして逃げなくてはならないのだろう。詳しい事情は知らないが、でも小さい頃から姉と慕っていた彼女が、そのような人の道理に反することをするとも思えない。

 何か誤解があったんだ。そうに決まってる。
 そう思いながら、メアリは目前に迫った自分の暗い道に、見ないふりをした。