02:魔女見習い、隣村へ行く


 隣村は、魔女の村から案外近い。というのも、もとは一つの大きな村だったからだ。

 その村では、昔から時折不思議な力を持つ者たちが生まれた。その不思議な力は遺伝性のようで、父か母、どちらかが力を持っていれば、その子供も力の素質を持っていることが多かった。しかし、遺伝性と言っても、その力は女子の方が遺伝しやすく、結果、力を持つ者は女性が主だった。それが、魔女と呼ばれる所以なのかもしれない。

 力を持つ者と持たざる者、それぞれそのような違いはあれど、村人たちは特に気にしていなかった。力を持つ者は持たざる者の手助けをしてくれたし、そのお礼で持たざる者は作物などを分け与えた。自然な相利共生を生み出していた。

 それが次第に変化してきたのは、いつしか他所の村からその村へ移住する人が増えてきた頃だった。

 ある時よそ者の一人が、不思議そうに尋ねた。

 なぜお前たちは奇妙な力を使うのか。人間ではないのか、と。
 単なる純粋な疑問だったのかもしれない。しかし、その疑問はさざ波の様に村全体に広がった。今まで意識しなかった分、村の者たちは力を持つ者への疑問、畏怖、恐怖など、様々な感情を抱いた。

 そうしていつしか、力を持つ者たちが、魔女と呼ばれるようになり、自分たちとは違う存在だと一線を引かれるようになった。

 それからは早かった。魔女の中の一人が誰かと喧嘩をすると、魔女であることを揶揄した。喧嘩が終わると、その後は普段通り生活を始めたが、誰もがその心に、魔女だという蔑みの言葉がしこりの様に残った。言われた側も、言った側も。

 他にも、魔女の中の一人が犯罪を起こすと、魔女だからという一言で片づけられた。魔女だから何をやらかすか分かったものじゃない、魔女だからこんなこと平気で出来る、魔女だから人間を屈服させることなんて容易いと。

 いつの間にか村にはそんな陰口が流れ、魔女達は肩身の狭い思いをした。確かに、今までだって魔女が、村の中で犯罪を起こさなかったわけではない。ごく稀だったが、確かにいたのだ、犯罪を起こした者が。そうして次第に村人たちは、数少ない魔女達の犯罪歴を槍玉に挙げて、彼女たちを非難し始めた。彼らは、正体の分からない不思議な力に耐えきれなくなったのだ。

 魔女達はある時決意して、その村を離れることにした。彼女たちにだって、力を持たない家族はいた。しかし、自分たちと共にあることで彼らにまで被害が及ぶことを危惧し、大人しく村を出たのである。

 僅かに残った心優しい村人たちの協力を得て、魔女達は近くの河川近くに引っ越した。

 魔女は、その遺伝性により女が多い。引っ越してからも何かと男手が不足したり、食糧不足になったりと様々な困難に陥ってきたが、それでも協力して乗り越えてきた。大昔の、あの懐かしい皆で仲良く生活していた頃ほどでもないが、それでも幸せに暮らしていた。

 一方で、魔女達を迫害した村では、一種の混乱に陥っていた。――医者不足である。
 魔女は、医者ほどでもないが、医術の心得がある者も多く、その知識から薬学に詳しい者もいた。その彼女たちが、一夜にして忽然と消えてしまったのだ。最初こそ清々したと笑っていた村人たちも、次第に怪我人、病人が村に溢れるようになると、その顔にも焦りが浮かんできた。

 しかし時すでに遅し。彼らがどれだけ後悔しても、魔女達は村へと戻っては来ない。いなくなってから気づくようでは遅いのだ。
 それから幾数十年もの時が流れた。

 その間、人間にも魔女にも様々な障害が訪れた。人間には食糧不足や伝染病が、魔女には山賊やならず者たちの到来が。

 魔女達は、いくら迫害されていたとはいえ、助けを求める人達を見過ごすことはできなかった。食糧不足の時は食べ物を分け、伝染病の時は薬や医術の心得がある者を派遣した。これにより、村人達も時が経つにつれ、心得を入れ替える様になっていった。魔女の村が襲われた時には、村の男たちが駆けつけ、追い払ってくれる。いつしか、そんな相互関係が成り立つようになっていた。
 

 そうして今現在の人間と魔女の関係が出来上がったのである。
 今では、人間も魔女も仲がいいし、昔の確執も消え去ったように見える。しかし、昔を良く知る魔女は、未だ遺恨を胸に抱えている者もいるし、村人の中にだって、未だ魔女のことを良く思わない者もいる。

 しかし、それは全体のごくほんの一部。今を生きている若者たちには、昔の確執など関係ない。

「メアリじゃない!」

 向こう側から笑顔で手を振っているのはマティルダだ。彼女は魔女ではないが、それでも差別などせず仲良くしてくれる。彼女だけではない。この村には、魔女を魔女と認識せず、ただの友人として接してくれる人がほとんどだ。昔の確執など、今の若者たちは全く気にしていないのだ。

「最近見ないなと思ってたところなのよ。前はよくお使いに来てたのに」
「あ、まあちょっと忙しくてね」
 メアリは思わず苦笑いを返す。アベルと出会って、約二週間ほどこっちに来ていなかったのだから、不思議に思うのも当然だろう。

「今から水まきするの?」
「ええ、そうよ。本当は朝のうちにやっちゃいたかったんだけど、いろいろと忙しくてね」
「じゃあわたしがやるよ!」
 メアリは元気よく手を上げた。こういう時こそ見習い魔女メアリの出番だ。

「ええ? 別に大丈夫だよ。今日もお使いできたんでしょ?」
 マティルダはにっこりと笑う。そんな彼女に、メアリは感極まった。師匠とは大違いの彼女の優しさが心に沁みた。

「大丈夫だって! ちょっとくらいなら時間もあるし」
「ええ……でも」
「ほら、貸してよ!」

 メアリは半ば強引にじょうろを預かると、それを足元に置き、雨を降らせ始めた。いつぞやのように、範囲はごく小さいものだったが、それでもこのこじんまりとした畑を潤すには十分の量だった。ものの十分ほどでメアリは仕事を完了させる。

「メアリの雨って……優しいよね」
 畑の縁に腰かけていたマティルダが、ぽつりと零した。

「見てるとすごくホッとする」
「本当? ありがとう。そんなこと言ってくれるの、マティルダくらいだよ」

 メアリは瞬時にアベルを思い浮かべた。彼は、メアリの雨に感謝するどころか、暴言すら吐いたのだ。こんなの雨じゃないと。あれには腹が立った。

「うん、こちらこそありがとうね、メアリ! 助かったよ!」
「いえいえ、また必要になったら言ってね!」
「じゃあまた!」
「うん!」

 メアリは大きく手を振ると、くるっと前を向く。そして次第に落ち込み始める。

「今度はジェイソンさんか……」
 憂鬱な仕事だけが残ってしまった。

 こんなことなら、ジェイソンさんの後にマティルダのところに寄ったら良かったかな……。そうしたら、帰りも良い気分のまま帰れるし……。

 メアリは鬱々としたため息をつくと、肩を落としながらジェイソンの家へと向かった。

 ジェイソンは、ミネルヴァそっくりの頑固者だ。そのため、メアリがミネルヴァ手作りの薬を届けても、その薬効がきちんと効くか確かめてからでないと代金を払ってくれない。それまでの無言の時間、威圧の時間、睨みの時間がものすごく苦手なのだ。
 きちんと薬が効くということを確認してからでも、薬が苦いだとか、ちょっとまけてくれないかとか、これ買っていけだとかいろいろ強引に勧めてくる。 あまり仲良くない人には押しの弱いメアリは、彼が大変苦手だった。

 もう残り少ないお小遣いなのに、今度は何を買わされるのだろうか。

 メアリは自分の押しの弱さを呪いながらも、彼の家へと向かう。  
 このお使いをやり遂げたら、もう自由だ。久しぶりの休暇をゆっくりと寛ごう――。