第一章 孤児院
14:懐いてくれたわ
アデラは、夕食をたんまりお腹に納めた後、寝室に引きこもった。そしてベッドの上に大きなトランクを引っ張り上げ、中からたくさんのドレスを出していく。一着一着大切そうにベッドの上に広げると、アデラは満足そうにそれらを眺めた。
「何してるの?」
コニーがとことこアデラの元にやってくる。アデラは澄ました顔で答えた。
「時々こうしてトランクから出さないと、湿気がこもっちゃうのよ。ドレスは大切に扱わないと」
「ふーん」
アデラが家から持ってきた人形や玩具、それらをコニーは興味津々な様子で眺めていく。しかし最後にたどり着くのは、やはり上質な布を使ったドレスだ。頬を染め、コニーはうっとりとドレスに触れる。
「おねーちゃんのお洋服、ほんとに綺麗だね」
「でしょう?」
お母様からもらったものなんだから当然よ、とアデラは胸を張った。そんな彼女の脳裏に、今日のことが頭に浮かぶ。――詳しくは、ルイスに言われたことだ。
「……あげるわ」
反射的に、アデラはそう口にしていた。何を言われたのか分からない様子で、コニーは目をぱちくりさせた。
「え?」
「あげるって言ってるの、このドレス」
「ほんとに?」
コニーはパッと笑みを浮かべたが、それも一瞬のことで、すぐにしゅんと項垂れた。
「でも、コニーにはまだ大きすぎるかも」
「確かにね。ちょっと待って」
アデラはベッドの上に広げたドレスの中から、目的のものを漁りだした。自分ではもう小さくて着ないが、大切に持ってきていたもの。
「ほら、これなんかピッタリじゃない?」
それは、マリーゴールドのドレスだった。袖や裾にはふんだんにフリルが施され、スカート部分には花の装飾もある。アデラのお気に入りの一つだ。
「ほんと……。それにとっても可愛い。でも、ほんとにいいの? コニーがもらっても」
「いいわよ。ほら、着てみなさいよ」
「うん!」
コニーは嬉しそうに服を脱ぎ始めた。薄っぺらい、あちこちにすり切れ、そして修繕された跡のある服だ。きっと、教会でもらったものの一つだろう。
コニーとその服とを見比べていると、一瞬、昼間の婦人会の人たちの顔が頭に浮かび、アデラは勢いよく首を振った。
――違う、私はそんなつもりじゃなかったもの。施しをしてるつもりなんてないわ。純粋な善意でやってるだけよ。コニーに喜んでもらいたくて、ドレスをあげたまで。
「おねーちゃん、どう?」
コニーの明るい声に、アデラは現実に引き戻される。ハッとして顔を上げれば、コニーの溢れんばかりの笑顔と、眩しいマリーゴールドのドレスが目に飛び込んできた。
「ええ、いいじゃない。とってもよく似合ってるわよ」
「えへへ、おねーちゃん、ありがとう!」
「気にしないで」
ベッドの上によじ登り、コニーが抱きついてきたので、アデラは恐る恐る彼女の頭を撫でた。母に頭を撫でられたことはあっても、自分が誰かの頭を撫でたことはなかったので、アデラの動作はまるで壊れ物を扱うかのようだ。しかし次の瞬間、コニーはまたベッドから降り、他の子供達に見せびらかすようにクルッとその場で回って見せた。
アデラは、こんな忙しくて騒がしい子供に出会ったのは初めてだった。コロコロと表情が変わるし、いつの間にかアデラの中に飛び込んでくるコニー。でも、そんな彼女をアデラは少しだけ可愛いとも思った。
――妹がいればこんな感じなんでしょうね。
そう思う一方で、アデラはこうも思う。
――ほら、これでコニーは私に懐いてくれた。
ここにルイスがいたならば、アデラは自慢げに胸を張っただろう。私にだって、懐いてくれる子はいるのだと。
「コニー、いいな」
「可愛いねー」
パチパチと子供達は拍手をする。コニーよりも一つか二つ年上の女の子達だ。コニーはすぐに回るのを止めると、つぶらな瞳でアデラを見上げた。
「おねーちゃん、このお洋服、他の子にも着せてあげてもいい?」
突然のお願いに、アデラは困惑したものの、すぐに頷いた。
「ええ、もちろんいいわよ。もうそのドレスはあなたのものだもの」
「ほんと!」
心から嬉しそうにコニーはその場で飛び跳ねた。
「じゃあ、明日コニーがこのお洋服を着るから、その次の日はみんなに貸してあげるね」
「コニー、ありがとう! アデラちゃんもありがとう!」
「いいのよ。大切に着るのよ?」
「はあい」
アデラの言葉に、三人の子供が一斉に手を挙げる。微笑ましい光景だ。
「コニー、院長せんせーに見せてくる!」
「あたしも行くー」
「わたしも!」
きゃいきゃい騒ぎながら、子供達は走り出す。その際、丁度寝室に入ろうとしていたロージーとぶつかる。
「ご、ごめんなさい!」
「いいけど。怪我はない?」
「うん……」
ロージーは優しい顔でコニーの頭を撫でる。コニーはくすぐったそうに笑っていた。なんだかアデラはその光景が気にくわない。小さく鼻を鳴らすと、ベッドの上のドレスを片付け始めた。
「あら、コニー。その服どうしたの?」
「おねーちゃんにもらったの。コニーにあげるって!」
「え……」
困惑したような視線がアデラに向けられる。アデラは片眉を上げた。
「なに? 何か文句でも?」
「何も言ってないでしょ」
「だって物欲しそうにこっち見てたから。あなたにもあげようか?」
アデラが顔を歪めてそういえば、ロージーの動きが一瞬止まり、怒りを込めた瞳がアデラに向けられる。
「いらない!」
緊迫した空気に、子供達は慌てて寝室を出て行った。対してロージーは、そのまま寝室に入ってくる。荒々しい動作で、畳んだ洗濯物をタンスに片付けていく。
「あんたこそ、もう戻ってこないんじゃなかったっけ?」
「――っ、そんなの私の勝手でしょ!」
「威勢だけはいいわね。あれだけ啖呵を切っておいて、よくのこのこ帰って来れたもんだわ」
ロージーは呆れたように笑った。
「言っておくけど、あの後あたし達がどれだけ苦労したか分かってる? 院長先生は婦人会の人たちにずっと平謝りしなきゃいけなかったのよ。その後に予定されていた昼食もなしになるし。子供達がどれだけがっかりしたか」
ピクリとアデラの肩が揺れる。彼らの昼食がお預けになった一方で、自分だけルイスに食べ物を買ってもらっていたのか、と僅かに罪悪感を覚えた。
「お嬢様育ちだから分かんないだろうけど、あたし達は婦人会の寄付金あってこそなの。あんたのせいで援助を断ち切られたらどうするつもりなのよ。このままここで野垂れ死ねって? ……お願いだから、せめて大人しくしておいてよ」
ピシャリとそう言いきると、ロージーはそのまま部屋を出て行った。アデラは唇を噛みしめ、彼女が去った後をずっと睨み続けていた。