14:魔女見習い、酒場へ行く

「――で、何なんですかね、この状況」

 夜の帳が降りた頃、場所は裏町の酒場。周りはギャーギャー酒を飲む男たちで騒がしい。
 メアリの声は氷点下にまで達していた。それも当然である。

「確か、お茶会があるんじゃ……?」
「何を言ってる、メアリ。これがお茶会だ」

 メアリは辺りを見回した。

 赤ら顔で豪快に笑う男、酒瓶を片手に熱く語る男、むしゃむしゃと食べ散らかす男、男、男――。

 これが、お茶会という物なのか。

 メアリは早速頭が痛くなってきた。今まで自分が思っていたお茶会と、アベルの言うお茶会。その間には、大きな壁があるような気がする。

「アベル、もしかして何も説明せずに連れてきたの?」
 救世主、エリスが現れた。

「あのね、メアリ。あなたが開催してくれた昼のお茶会、ちょっとぐだぐだになってしまったでしょう?」

 私達のせいで、と申し訳なさそうにエリスやウィリス、ジェイルは苦笑する。

「だから今回は夜の部のお茶会を開こうと思ったの」
「――はい? あの、もう一度言ってくれません?」

 救世主のはずが、さらにややこしくなってしまった。

「だから、今は夜の部のお茶会なの。さっきのは昼の部」
「は……はあ……」

 お茶会に、昼の部とか、そんな区別があったのか……初耳だ。

「というか、メアリ。何その恰好」
「へっ?」

 エリスがジトッとした目で見つめているのは、メアリが来ているローブだ。ウィリスも彼女に同調するようにうんうん頷いた。

 奇異の目で見られることには慣れているが、さすがにその呆れを含む視線はいただけない。

「これはわたしの普段着です。魔女っぽいでしょう?」

 メアリはどこか自慢げそうに胸を張った。対してエリス、ジェイルは呆気にとられ、メアリの正体を知っているアベルとジェイルは驚愕した。そんなに簡単に正体をばらしてもいいものなのか、と。

 そういえば、とアベルは思い出す。

 メアリがアベルの部屋の前まで箒に乗ってきたことがあったが、その時もあっけらかんに自分が魔女だとばらしても良いと言っていた。
 魔女と言う存在は、案外絶対に秘密という訳でもなさそうだ。

 メアリと出会ってからというもの、アベルの仲で魔女と言う存在がどんどん庶民化……というか、お馬鹿化されている気がする。といっても、そのほとんどがメアリのお間抜けな言動のせいもあるが……。

 と、アベルが心中で大層失礼なことを考えていると、やっと席に着いたメアリの大きなため息で現実に引き戻された。

「というか、ですね……。わたしのためにこのような席を設けててくれたのは嬉しいんですけど」
「何だよ」
「なんかわたし、ここにいる意味が無い気がするんですが」

 テーブルは四人席。アベルはジェイルの隣に座り、エリスはウィリスの隣に座る。余ったメアリはいわゆるお誕生日席に腰を下ろした。何だろう、主役の席であるはずなのに、ものすごく感じるこの疎外感、と呟きながら。

「もう帰ってもいいですかね? 四人で楽しく飲めばいいじゃないですか」
「何を言うメアリ! 今回は夜の部のお茶会だ! 同じメンバーじゃないと意味が無いだろ!」
「こじつけにも程がありますよ……。お茶会口実にしないでください。ただジェイルさんと飲みたいだけでしょう」

 小声でメアリは文句を言った。

「まあまあ、いいじゃないの、メアリ。皆で楽しく飲みましょう?」
「そういうエリス様の目線は、先ほどから一点しか見つめていないようですが……。みんな、ねぇ?」
「もっ、もうやだっ、メアリったら!」
「……別にいいんですよ? みんなで飲むこと自体は」

 ため息をついてメアリは話し出した。

「お茶会……昼の部だってまあ何とか無事終わりましたし、何より美味しいものも食べれますし、ワイワイすること自体も結構好きです。……ですがね」
 メアリは諦めたような眼差しで周りを見回した。

「すぐにわたしの存在を忘れるの、止めてほしいんです」

 メアリが静かに語っていたというのに、飽きたのか興味が失せたのか、誰もこちらを見ていない。それどころか、他の四人で楽しく酒盛りを始めている。アベルとジェイル、エリスとウィリスがそれぞれ交互にお酌しているのだ。余り者のメアリは一人寂しくジュース入りのコップを傾け、哀愁を帯びた空気を醸し出す。

 今の状況はまさにあれだ。男女混合五人で遊びに行ったら、何か他の四人でカップルが成立し出して、あれ自分お邪魔虫?みたいな。     
 自分で考えたくせに、自分の状況を言葉にしてみると一気に哀しさが増す。

「もういいです……」

 メアリは一言呟くと、目の前に運ばれてくる食べ物に集中した。これくらいしかやることがない。幸いにも、お酒を嗜んでいる大人たちは申し訳程度にしか食事に手を付けないので、メアリは思う存分肉にありつくことができる。――そこでふと疑問が浮かんだ。

「そういえば殿下、わたしと同様、成人してませんよね? 何素知らぬ顔でお酒飲んでるんですか」
「酒は王族の嗜みだ」
「未成年飲酒禁止法を定めているの王族じゃないですか。それを真っ先に王子が破ってどうするんですか」
「難しい言葉を知ってるなー。見直したぞ」
「それはどうも……って、話逸らさないでください」

 メアリがジト目でアベルを睨む。しかしすでに彼の注意はこちらに無かった。

「もういいです……」

 今度こそメアリは料理に集中することにした。どうせここの支払いはアベルかジェイルあたりだ。お茶会での気苦労分をここで頂いておいても文句は言うまい。

 女子にあるまじきがっつき加減でメアリは肉料理を掻き込み、その合間に酒飲み四人組の会話に耳を傾けた。

「いや、まさかアベル様にお酌してもらえる日が来るとは……」
「たまにはこういうのもいいな」
「国王に見られたら不敬罪どころじゃありませんね」
「はっはっは、そういうウィリス殿も嬉しそうですぞ?」
「それはもう……。エリス様みたいな素敵な女性にお酌してもらったら嬉しいなんてものじゃありませんよ」
「ウィリスったら、お口が上手なのね」
「我々は幸せ者だ。酒を飲む手が止まりませんなあ」

 彼らは頬を真っ赤にしながらどんどん酒を注いでは腹に収めていく。ろくに食べ物も口にしないまま、数時間欲望のままに酒飲みを続けた結果――飲んだくれ四人衆が出来上がった。

「エリス様、一気飲みは危険ですって! 少しずつ、少しずつ――って、ウィリスさん! その人ジェイルさんじゃありませんから! 他の人に絡まないでください! 後ジェイルさんは脱がないでください! 何自慢げに筋肉見せびらかしてるんですかぁ! 殿下はもう……子供かっ! 床にお酒こぼさないでください! ちゃんと目付いてるんですか!」

 そして一人やさぐれていたメアリは、いつの間にか皆の母親と化していた。エリスの豪快な酒飲みを調整してはウィリスの行動を制限する。脱ぎ散らかされたジェイルの服を集めてはアベルが零した床を拭く。その働きっぷりは傍目から見ても甲斐甲斐しいものだった。

「嬢ちゃんも大変だねぇ」

 ウィリスに肩を組まれた大柄な男が、苦笑しながらメアリに言った。慌ててぺこぺこ頭を下げる。

「いえ、こちらこそすいません、ご迷惑をかけて! ほら、ウィリスさん、ジェイルさんはその方じゃないです!」

 メアリの声に反応し、顔を上げたウィリスは、そのまま男の右の肩から左の肩へ移動し――肩を組んだ。

「あー違う、そっちの肩じゃない! 方のほう! 人を呼ぶときの方のほう! っていうかそこまでして肩組まなくてもいいでしょう!」
「……だあーもう! カタカタうっせんだよ! 奥歯ガタガタ言わせたろか、ああん!?」

 メアリが必死にウィリスを剥がそうとしていると、奥のテーブルから叫ぶ者がいた。頬には傷、手には酒瓶、そして極めつけは

無精髭――じゃなかった、射抜くような瞳。当然迫力のある瞳はこちらを向いていた。

「無精髭で悪かったな!」
「あ、ああーいや、違うんです。本当にご迷惑を――」
「ああ? 言わせて見せろや、髭面!!」

 まさかの喧嘩を買ったのはエリスだった。メアリがここは大人しく場をまとめようとしていたのに、彼女はというと椅子に足をドンと乗せ、男にがんを飛ばしていた。簡素なドレスが捲れあがり、周りの男たちに囃し立てられていた。

「あ〜ちょ、もう! はしたないですって何もかも! 足を隠して、睨むのも止めて!」
「離してメアリ! ここは引くわけにはいかないのよ!」
「いや、引いてください女の子なんですから!」

 ついでに足も下ろしてください〜と半泣きになるメアリ。

「ちょっと皆さんも何とか言ってくださいよ! ウィリスさん、エリス様が大変なことに――って、ウィリスさん!?」

 事の元凶、ウィリスはこちらのことなど眼中にもないようで、知らない男性と肩を組んで陽気に歌っている。アベルは気持ち悪そうに俯いているし、ジェイルは他のテーブルの人と筋肉について談笑している。――本当、男どもは全く役に立ちそうもない。

「勝負内容はどうする?」
 やる気に満ちた瞳でエリスが聞いた。

「そうだな……先に奥歯ガタガタ言わせた方でいいんじゃね?」
「いいわね、それ。乗ったわ」
「全然良くないです、そのフレーズただの比喩ですから! できるわけありませんし、決着つくわけありませんし!」
「奥歯って……どうやってガタガタ言わせるんだ?」

 男が頭に疑問符を浮かべた。

 そりゃそうだ!
 メアリは脱力する。

「おい髭面、そんなことも知らねえのかよ!」

 髭面と同じテーブルについていた男が叫んだ。

 ――友人にまで髭面呼ばわりとは……。
 メアリは少し髭面男のことを不憫に思った。

「その文句には続きがあってな。正しくはケツの穴に手突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかって言うんだよ」

 友人らしい男はドヤ顔で言う。メアリはその顔を殴りたくなった。

「へっへっへ……そうかそうか。ケツの穴に手突っ込めばいいんだっけか……?」
 髭面はニヤニヤ下種な笑いを浮かべながらこちらに近寄ってくる。

「う、うわ……やばいですよ、エリス様。あの人、やる気です……!」
 メアリは小声でエリスに囁く。と同時に、じりじりと後退した。

「早く逃げないと……!」
 ――しかし返事がない。

「ェ、エリス様……?」
 恐る恐るそちらへ顔を向けると――。

「ちょっとお、お酒まだなの? 私の酒瓶!!」
 カウンターでお酒を要求していた。
「ちょ、エリス様ー!! あなたが買った喧嘩ですよ!? 自分で落とし前付けてください!」
「えへへ……これこれ、これがないと生きていけないわ」
「いや、わたしの方が死にそうなんですけど。あなたよりも死にそうなんですけど!!」
「もう、何よ〜うるさいわね!」

 必死にメアリが突っ込んでいると、やっとのことエリスがこちらを向く。

「メアリ! そんな奴さっさとやっちゃいなさいよ!」
 しかし期待していた言葉ではなかった。

「そ、そんな……!」
「へへっ、相手は嬢ちゃんがしてくれるのか? 腕がなるぜ」

 半ば茫然としていたメアリは、あっという間に髭面に追いつかれた。その際に、メアリのアイデンティティであるフードを掴まれる。

「何だ、このフード邪魔だなぁ」
「ちょっ……! 止めてくださいよ!」

 いくら魔女見習いのメアリといえども、荒くれ者の腕力には勝てない。実際のところ、メアリお得意の風の呪文で目の前の男も簡単に吹っ飛びそうなものだが、緊急事態の今、そんなことは思い浮かぶわけがなかった。

「た……助け……」
 メアリは咄嗟に、共に飲み食いしていた仲間たちの方を見た。アベル……はともかく、今宵は屈強な男たちと一緒に出掛けているのだ。こんな飲んだくれ、ちょちょいのちょいで――。

「ジェイルさん、ジェイルさん、本当その筋肉は素晴らしいですねぇ。いったいどれほどの訓練を重ねたのか想像もつきませんよ」
「分かってくれますか、この努力の塊」

 わははーと男たちは笑い合っていた。

 ――彼らもただの飲んだくれだった。
 全くもって役に立たない。

 アベルは気持ち悪そうに俯いているし、元凶であるエリスはとっくの昔にこっちへの興味を失ったらしく、酒瓶を抱き締めながら楽しそうに揺れている。

 しかし時は残酷だ。メアリが皆の非情ぶりに茫然とする間もなく、男は力任せにフードを引っ張る。――どうしてもフードを剥がしたいらしい。

「おら、そのフード脱げよ」
「やっ……!」

 メアリが乱暴な手に反抗すると、背中からビリッと嫌な音がした。あわあわと自分のそこを見てみると、先ほどの嫌な音の正体は一目瞭然。根元からフードが取れかかっていた。

「な、ななな……何てことしてくれてんですか!」
 メアリは叫び、髭面を見上げた。

「いいじゃねえか、そんな汚ねえローブ」
「き……汚い!?」

 一見普通のローブに見えるこれは、先祖代々著名な魔女の間で受け継がれてきた大切なローブだ。それをまだ見習いという身分のメアリが師匠から受け賜ったのだ、大切に扱わないわけがない。破れたらできるだけ自分で直したし、エリスの足止めの時に泥を被った時は丁寧に川で洗濯もした。他人から見ればただの薄汚いローブかもしれないが、メアリにとっては何物にも代えがたい代物だ。それをこの男は!

 キッとメアリは睨み付けた。

「おいおい嬢ちゃん、やる気かい? ならさっさと奥歯に手ぇ突っ込んでケツの穴をガタガタ言わせて見せろや!」

 もはや何を言っているのかよくわからない。
 目の焦点は合っていないし、呂律もまわっていない、おまけに千鳥足だ。

 こんな……こんな酔っ払い相手に、師匠直伝の魔術を使うまでもない。

 メアリは静かにキレた。そして大きく息を吸い込んだ。

「変態ー!!」
 メアリは叫ぶ。

「ここに変態がいます! か弱き女の子のお尻に手を突っ込むって宣言してる変態がいます!!」
 酒場でワイワイやっていた男たちは一斉にこちらに振り向いた。

「おっ、お前! 何てこと言うんだ!」
 髭面の男が慌ててメアリに掴みかかってこようとしたが、もう遅い。

「何だおめえ、こんな女の子にそんなセクハラしたんか?」
「大人気ねえ奴だな」
「男じゃねえよ」
「まさに変態だ」

 ワハハーと陽気な男たちは、活気づいた。髭面の男の首根っこを掴んで晒しあげて。

「今のうちに逃げますよ、みなさん!」

 そう叫ぶと、メアリはまず一番の心配の種であるエリスを外に避難させた。未だ酒瓶を離そうとしないので、代わりにミルク瓶を持たせた。ジェイルには服を持たせて店を出る様に指示をし、ウィリスにその後――いや肩を追わせる。最後に残った意識が朦朧としているらしいアベルには、仕方がないので自分の肩を貸した。少年の全体重がメアリにかかってくるので途轍もなく重い。

 明日になったら絶対に休暇をもらおう。数日くらい。
 メアリはそう固く決心した。

 フラフラとしながらメアリが店を出ようとすると、そこにはにこやかな笑みを浮かべた店主が立っていた。

「お支払いを」

 ――すっかり失念していた。

 頼みの綱の大人、ジェイルやウィリスは先ほど店の外に追い出したばかりだし、隣には気持ち悪そうに顔を歪めたアベルだけだ。

「……ツケでお願いします」
「…………」

 困ったような顔で首を振られた。そうですよね!

「殿下ぁ、わたしこんな大金持ってませんよぉ」
 聞こえてるのかも分からないが、メアリはやむを得ずアベルに声をかけた。返事はしばらくなかったが、不意にその体が動く。

「大丈夫だ……俺が持ってる」
「……えっ、本当ですか!?」

 思わぬ色よい返事にメアリは目を輝かせた。

「どこにあるんですか?」
「……俺の……靴底」
「――えっ? も、もう一回お願いします」

 アベルの返答が信じられなくて、メアリは再び尋ねる。

「俺の靴底」
「な、何でそんなところに……」
「夜の裏町は……治安が悪いと聞いてな。それ相応の備えをしたまでだ」
「そのドヤ顔止めてください殴りますよ」

 しばらくメアリは茫然とした。靴底……。アベルは何時間その靴を履いていただろうか、それは計り知れない。そのだいぶ蒸れただろう靴の、しかも男の靴の中に、金が入っているという。それを取り出さなければならないのは、おそらく自分。

「くぅ……何でわたしがこんなことっ!」

 悔しそうに顔をゆがめながらメアリはアベルの靴を脱がしにかかった。残念ながら彼の靴はブーツだ。靴ひもを解き、力を込めてブーツを引っ張れば、ムッとした汗臭い匂いが周囲に立ち込める。

「嫁入り前なのにぃ……!」

 メアリは泣く泣く腕をまくってブーツの中に突っ込んだ。モワッとした温かさに泣きそうになる。丸い何かを掴んで腕を引っこ抜くと、その手には金貨があった。メアリは一気に情けない顔になる。普段は喉から手が出るほど欲しい代物だが、男の靴の中で数時間蒸されていた金貨など、誰が欲しいと思うものか。

「お待たせしてすみません……。本当、すみません……」
「毎度……ありがとうございます」

 メアリが申し訳なさそうに店の男に金貨を手渡すと、案の定彼は引きつった笑いを浮かべて受け取った。

「お釣りは……」
「あ、そのお釣りで馬車呼ぶことってできますか? 足りますかね?」
「大丈夫です。ではすぐにお呼びします」

 いくら何でもこの人数をメアリ一人で捌くことはできない。アベルのお金だが、良い様に使わせてもらおう。

「というか殿下、支払いする時に、その場でわざわざブーツを脱いでお金を取り出すつもりだったんですか?」
「あっ……」

 隣から間抜けな声が聞こえた。

「そういや……そこまで考えてなかった」
「……嫌に素直ですね」

 いつものアベルなら、いや懐にも金入れてるし、くらいの言い訳をしそうだ。
 まああれだけ飲んだら言い訳もできないくらい朦朧もするだろう。いや、アベルにはもう少し立場を弁えて量を考えてほしかったのだが。

 メアリ達がのろのろと店先に出ると、安心するべきか、彼らはまだそこにいた。相変わらず各人騒いでいるのは腹が立つが、人様に迷惑をかけていないだけマシだという物だろう。

「もう一軒……行くか」
 しかしホッとしたのもつかの間、アベルが何かほざき出した。

「お……いいですねえ。二次会といきましょうか」
「行きませんよ! わたしはもう疲れました。それにもうお金ありませんし」
「大丈夫大丈夫、そのことなら」

 そう言ってアベルは片方の足を上げた。目に入るブーツ。思い出す匂い。真っ白になる頭。

「ま、まさか」

 ニィっとアベルは笑った。
「もう片方にもあるから」

「絶対嫌だ―!!」
 瞬時に叫んだ。

「嫌だいやだ、絶対に二次会なんて行きませんからね! 皆さん強制的に帰っていただきますから!」
「固いこと言うなよぉ。お前も酒飲めばいいじゃないか。俺が酌してやる」
「いりません、わたし未成年ですし。というか、それわたしじゃありませんからね」

 アベルはべろんべろんに酔っ払った状態で暖簾に絡みついている。もう何も見えていないようだ。

「お酒は良いわよぉ。ありのままの自分をさらけ出せるしね」
「エリス様はさらけ出し過ぎです。周りの人引いてます」

 可憐な姿とは裏腹に、男顔負けの飲みっぷりに店の男たちはドン引きだった。

「エリス様はいつも可憐でお美しい……。でも確かにありのままをさらけ出してもいいんですよ? 例えば小さい頃の様に……。なあ、君も覚えているだろ? エリス様の愛らしい幼い御姿を……」
「ウィリスさん、その人店の主人です。知り合いじゃないです」
「あの……馬車の準備ができたのですが」

 ウィリスに肩を組まれ、苦笑する店の主人に、メアリはぺこっと頭を下げた。

「ありがとうございます、助かりました。ご迷惑をおかけしてすみません」
「馬車か……。二次会だあっ! おいメアリ! 二次会だっ!」

 馬車にテンションが上がるアベル。メアリだと思っているらしい暖簾を小突き回す。

「だーかーら、行きませんって言いましたよね? このまま直帰です」
「二次会……ですか。準備をしなければ」
「あのジェイルさん? 話聞いてましたか? 行かないってことになりましたよね? あとなんでまた服脱ぎだすんですか」

 ジェイルの中では酒=裸なのだろうか。通行人にクスクス笑われて恥ずかしいので自重してほしい。

「あーはいはい、ジェイルさん、大人しく服を着てください」
「うむぅ……しかし」
「しかしじゃないです。拒否権ないです」
「くっ……」

 どうしてか悔しそうにジェイルは服を集め始めた。しかしそれだけでは安心できない。きちんと最後まで見届けねば――と決心する間もなく、またもや違う問題児たちが騒ぎ始める。

「キャーッ!」
「うわーっ!」
「メアリーっ!」

 エリス、ウィリスの叫び声とともに悲痛なアベルの叫びが聞こえる。子供か。

 はいはい、お母さんはここですよっとため息をつきながら振り返ると、当のアベルは彼方の方を向いていた。
「メアリが……メアリが!!」

 彼の目線は、下に組み敷いている暖簾にあった。棒が真ん中からポッキリと折れている。大方、絡んでいるうちに足をもつらせ転び、その拍子に折れてしまったのだろう。――いや、その前にそれわたしじゃない。

「メアリ……メアリは、俺が……俺が殺してしまったんだ!」

 頭を抱えながらボロボロとアベルは涙を零した。だからそれわたしじゃない。

「やだーもう! こんなところに来てまでメアリを押し倒すなんてはしたないわ!」
 いや、脳内お花畑に言われたくないでしょ。

「なんて節操がないんでしょう……。私、こんな人にエリス様を任せられませんよ!? ね、あなたもそう思うでしょう!?」
 いや、あなたに言われたくないでしょう……。その人お店の主人ですし。

「アベル様……、現行犯逮捕です」
 神妙な顔で言ってのけるジェイル。いや、その前にさっさと服着よう。完全にあなたの方が現行犯逮捕だわ。

 もう突っ込みが追い付かない。

 メアリはいい加減疲れてきた。アベルは相変わらずむせび泣いているし、エリスは大口開けて笑っている。ウィリスは主人と肩を組んでるし、ジェイルはと言えば、手錠ならぬ手巾でアベルの両手を縛っているし……。

 ブチッと堪忍袋の緒が切れた音がした。メアリは大きく息を吸い込み、その場に響き渡る大声で叫んだ。

「こっ……この酔っ払いどもがあー!!」
 ――一行はめでたく出禁をくらった。