10:贈り物探し
もうすぐ父の誕生日だ。
前世をしっかり思い出してから初めての誕生日であるので、クレアにとっても感慨深い。何か特別な贈り物をしたいとは思うが、深く考えれば考えるほど、余計に何が良いのか分からなくなってくる。迷いに迷って頼みの綱ライルに相談すると、一緒に選んでくれると言う。
さすがはライルだと、クレアはすっかり彼を当てにするつもりでいた。
なぜか今世のライルは、異常にクレアの好みに詳しいのだ。観察力が鋭いというか、まるで内面を見透かしているように、クレアの好きなものをズバズバと当てていく。となると、父の誕生日の贈り物ですら、良いものを一緒に選んでくれるのではないかと期待してしまっても仕方がないだろう。
邸宅の門の前で集合すると、二人は街へ繰り出した。すっかり冬も深まり、冷たい枷が吹き荒ぶ時節だった。
「どういうものかもう考えてるの?」
「うーん……。いつも身につけられるものが良いかなとは思うんだけど、ネックレスはもうお母様の形見をつけてるから、どうしようかなって」
それに、ちょっと高いしとクレアはもごもご付け足す。ネックレスなんて、お小遣いの範囲で買えるものでは到底ない。
「露店なら何かいいものがあるかも知れないよ。とりあえず行ってみよう」
「うん」
露店が建ち並ぶ広場は、まだそれほど人の姿はなかった。買い物をするほどよい気候ではないせいもあるだろう。ちらほらと旅人の姿があるのみだ。
地面に敷物を敷き、店番をしている店主達も、どこか元気がない。クレア達が近寄っても、冷やかしと見なしたのか、眠そうに欠伸をするばかりである。
「どれが良いと思う?」
「食べ物は考えてないんだよね?」
「うん。折角なら形に残るものが良いなって」
「だったら……あ」
身をかがめながら、ライルはふと視線を止めた。
「この紐可愛いんじゃない?」
「あっ、ほんとだー!」
クレアは思わず黄色い声を上げた。
等間隔に並べられている飾り紐は、花やリボンなど、様々な形に編まれている。色も多種多様で、選ぶだけでも楽しそうだ。
「でも……」
男性への贈り物としてはどうだろう。もちろんあげたらあげたで父は喜んで身につけてくれるだろうが、あの父がこの可愛い紐をつけているところを想像すると、なんともいかんとも言いがたい。
「残念だけど、これはまた今度にしようかな。すごく可愛いんだけどね」
名残惜しい口調でクレアは言い切る。それでも、頭の中でこの紐のことは覚えておこうと思った。値段もお手頃だし、女性へのプレゼントにはきっと最適だ。
後ろ髪引かれる思いだったが、必死にと目をそらした先には、光を反射してキラキラ光るガラスがあった。すぐ隣の露店である。クレアはすぐにそこへ移った。
「可愛いー。でもやっぱりちょっと高いね」
近くのガラス工房から輸入されたものだろう。繊細な技術を要するからこそ、その値段も目を見張るほどだ。
「残念だけど、これもまた今度かな」
難しい顔でクレアは立ち上がった。プレゼント選びには値段も重要なのだ。
振り返ったクレアはライルと目が合う。彼は困ったような顔ではにかんだ。
「クレアの好みなら分かるけど、オースティン様となると難しいね」
「なんで私の好みなら分かるの?」
「そりゃあ分かって当然だよ。どれだけ一緒にいると思って」
「そんなに一緒に居たっけ……?」
クレアは訝しげな顔で首を傾げる。今年の春に出会って一年にも満たない。ようやく半年に届くかくらいの期間。ただ、確かにライルの言うことにも一理ある。ライルは、ことあるごとにクレアの家に遊びに来ていたのだから、四六時中といっても過言ではないのだ。
その後もしばらく露店を見回ったが、クレアのお眼鏡に適うものはなかった。たくさん歩かせておいて、結局未だ何も見つけられないので、クレアは次第に申し訳なくなってきた。
「ごめんね、たくさん付き合わせて。そうだ、何か食べたいものある? ちょっとベンチで休もうか」
「いや、僕は大丈夫だよ」
「でも、悪いし」
「それならさ、今度お菓子か何か作ってよ。僕のために」
「お菓子?」
クレアは意外そうに聞き返した。お菓子を所望するほど、ライルは甘い物が好きだっただろうか?
「お菓子作るのは好きだから、それは別に良いけど。でも、そんなのでいいの?」
「もちろん。僕のために作ってくれるっていうことが重要だからね」
「本当……ライルって変なんだから」
ライルの変なところは一言で言い切れないが、しかし長い言葉にしたからといってうまく説明できるわけでもないので、結局変という言葉で片付けることになる。
しかし、そんな彼にもだんだん慣れてきていたので、クレアはそれ以上このことに関して言及することはなかった。
「そうだ。もしもうプレゼントに当てがないなら、僕のおすすめの場所に行っていいかな?」
「そんなところがあるの? 何のお店?」
「魔法石が買えるところだよ」
「魔法石って、あの?」
疑り深い声になるのも仕方がなかった。
魔法石というのは、なかなか採掘できず、輸入も厳しく制限されている石なのだ。そんな代物を、一介の子供の手に届くわけがない。
「大丈夫。馴染みの店だから安くしてもらえるよ」
「馴染み!?」
驚きすぎて、クレアの声はひっくり返ってしまった。だってそうだろう。弱冠十二歳の少年が、何のどんな経緯があって魔法石のような高級店を馴染みとするのか。
ライルと魔法石。
その両者に全く共通点が浮かばず、クレアの頭はこんがらがってしまった。なんとなく深い事情を聞くに聞けず、クレアとライルは、とうとう魔法石の店の前までやってきてしまった。
「ちょっとここで待っててくれる? お店の人と話してくるから」
「う、うん。でも、無理しないでね。今はもうお父様にケーキを焼くっていうのもいいかなって考えてるし」
自分のためにライルが怒られてしまうのも嫌だった。
怖々とクレアは言うが、怖いものなしのライルは笑って受け流すばかり。クレアを宥めた後、彼は颯爽と店の中へ入ってしまった。
生きた心地がしない中、クレアは店の前でただただ待つ。通り過ぎていく人々がジロジロと彼女のことを見つめていくので、クレアは一層身を縮こまっていた。
しばらくして、唐突に扉が開いた。中から出てきたのはもちろんライルで、クレアはハッとして彼を迎えた。
「どうだった?」
「一緒に来て。歓迎してくれるって」
「本当……?」
未だに信じられない表情でクレアは聞き返す。が、曰くありげな表情でライルは笑うのみで、何も答えない。ライルはクレアの手を引いて店へと誘った。
「いらっしゃいませ」
場違いなのではとビクビクライルの後ろに隠れるクレアに反し、ライルは堂々と店の奥へと進む。
「ウィルキンス様」
恭しく頭を下げる店員が二人の前に立つ。なぜ様付けなのかと聞ける雰囲気では決してない。彼はライルの前にトレーを差し出した。
「新しく入荷した魔法石をいくつかご用意させて頂きました」
「触ってもいい?」
「もちろんでございます」
臆することなくライルは魔法石に手を伸ばし、軽く手のひらの中で転がした。光に反射して石がきらめく。
「質が良いね。ヴィルド山の?」
「さすがお目が高い。さようでございます。稀少のものなのですが、本日は大切なご友人のためということでお持ちしました」
「あ、あの……普通ので大丈夫なんです」
ようやくといった様子でクレアはライルの背中から顔を出した。見れば、男性の掲げる石はどれも透き通るような石で、とても高価そうだ。クレアはもじもじと手を擦り合わせる。
「お金、あんまり持ってなくて……」
「とんでもございません! ウィルキンス様のご友人からお金を頂くなんて!」
慌てたように店員は首を振った。それに一層驚くのはクレアの方だ。
「え? いえ、お金はちゃんと払います。なので、やっぱりもう少しお手頃なものが欲しくて」
「ウィルキンス様……」
なぜか店員はライルに助けを求めるような視線を送った。ライルは優雅な動作で肩をすくめる。
「僕としては、クレアの意向を汲みたいかな。お父上への贈り物だから、ちゃんとお金を払いたいって気持ちも分かるし」
「はあ……」
困り果てたように店員は目を瞑った。そして再度目を開いたときには、観念した顔つきになっていた。
「分かりました。お金は頂戴いたします。では、少々お待ちください。他の魔法石を見繕って参ります」
一旦店員が下がり、しばらくしてまた戻ってきた。先ほどと同様、両手にトレーを掲げている。
「こちらもおすすめの魔法石でございます。手触りも滑らかですよ」
「そうなんですか?」
「はい。触ってみてください」
「……はい」
落としたり傷をつけてしまいそうで、クレアとしてはあまり触れたくなかったのだが、勧められては仕方がない。クレアは恐る恐る魔法石に触れた。冷たく、つるつるとした手触りだ。
「いかがですか?」
「はい。良く手に馴染みますね」
「それはようございました」
とはいえ、クレアとしては、先ほど高品質だと絶賛していた魔法石との違いがよく分からない。よっぽどの目利きでなければ、違いを見分けるのは至難の業だろう。
そこで再び、ライルは一体何者なんだという疑問が浮上してくるわけだが、もうこんな疑問を抱えるのは日常茶飯事なので、クレアはすぐに頭の隅に追いやった。
「これっておいくらくらいするんですか?」
「六キールでございます」
「――っ」
クレアは表情を変えてライルを見た。ライルもよく分かっているのか、クレアと視線を合わせないまま明後日の方向を見やる。
六キールは、クレアの所持金ピッタリだった。露店を見て回っているときにライルにも所持金を伝えていたのだが、まさか店員にも伝えていたのだろうか。
しかし、ライルのこの反応を見れば、答えは一目瞭然で、クレアはムスッとなった。結局、ライルの人脈に頼ってプレゼントを買うことが釈然としなかった。彼女はただライルに一緒に贈り物を選んで欲しかっただけで、高級品を安くしてもらいたかったわけではないのに。
「私、やっぱりいいです。すみません、ありがとうございました。ライル、行こう」
きびすを返してクレアが歩き出したところ、慌ててその腕をライルが掴んだ。
「どうして? 買わないの?」
「だって、それ本当の値段じゃないんだよね? 魔法石がそんなに安いわけないもん」
「た、確かにウィルキンス様のご友人ということでお安くさせて頂きましたが、値段はそれほど高いものではないんです! 質が劣る……といっては聞こえは悪いですが、隣国の鉱山から採掘されたもので、この国ではそれほど需要が高いものではないんです。ですので、値段も十キールほどで……」
「折角の好意だよ。ここはお言葉に甘えよう」
縋るように言葉を紡ぐ店員に、柔らかい言葉ながら、断りづらい雰囲気を持つライル。両者に見つめられれば、もうクレアに残された選択肢はなかった。
「じゃあ……すみません、六キールでお願いします」
渋々――割り引いてもらったのだから、むしろ本来なら恐縮する側なのだが――クレアは六キール差し出した。店員は感激といった表情で貨幣を受け取る。
「ありがとうございます。では、店の奥へどうぞ。今から加工と魔法注入を行いますので」
「はい、お願いします」
完全にスッキリはしないものの、クレアはワクワクしながら男性の後についていった。話に聞いたことはあるが、実際に魔法石に触れ、そして加工する場面を見るのは初めてだったのだ。