01:ワケありな五人


 トラヴィス寄宿学校は、至って普通の学校である。王族や貴族が通う上流の学園でもないし、学費を払う余裕のない者が通う慈善学校でもない。至って普通の、金のない下流貴族や、一方で金はあるが、爵位はない中流階級のための学校であった。ここでは、多岐にわたる教養や、一般的に必要とされるマナー、ダンスに加え、馬術や多少の剣術、体術なども学ぶことができる。

*****

 ――さて、その『普通の』トラヴィス寄宿学校。ここに、今年五人の問題児が入学することとなった。一人目はハロルド。金髪隻眼の、見た目は王子様風といった容貌をしている十五の少年である。性格も申し分なく、彼を一目見、話す機会があったならば、大抵の女性は舌なめずりをして彼を狙うことだろう。しかしこの彼、一つ問題があった。――本当に王子なのである。
 なぜ彼がこの学校に入学するに至ったのか。それは簡単だ。彼が自国の民のことを思うあまり、彼らに寄り添い、彼らのために自分は将来何ができるのかということを考えたかったからだ。そのためには、貴族ばかりが通う上流の学園という生ぬるい環境下では何も身につきはしない。それならばと思い立ち、彼は慈善学校に入学したいとの旨を周囲に発信した。が、国の重鎮たちがそれを快く思うはずがなかった。危険だ、下々の者たちと関わりを持つなんて、もし王子だと気づかれでもしたら晒しものだ、などと言いくるめられ、互いの折衷案として、ハロルドは仕方なしにトラヴィスに入学することになったのである。この件については彼は不満だったが、しかしトラヴィスに入学できたこと自体は嬉しく思っていた。当初希望していた学校とは違うが、彼は上流貴族たちの思惑渦巻く学校が、息苦しくて仕方なかったのである。だからこそ、民に寄り添うため、というのはもちろんだが、ここで将来についてゆっくり考えたかったというのも本当であった。重鎮たちには、ハロルドの御身を思うあまり、身分を隠すよう言われている。それはハロルド自身も本望であった。王子としての責務を果たすまでは、その生涯を閉じることなどできはしまい。
 だが、それでも。
 将来この国を背負うものとして、民の真の姿を知ろうとすることは、間違ってはいないはずだ。


*****


 さて、二人目の問題児はズバリ言おう。密偵のソルである。それも、ウィンストン国の王子であるハロルドの情報を狙った、隣国リヴェットからの差し金であった。密偵ソルは、かなりの手練である。二十にも満たぬ若造ではあるものの、その手練手管によって幾多の任務を遂行してきた。彼の任務とは、暗殺の対象となる人物の情報収集と、後に自国からやってくる刺客の手引きである。彼自身が暗殺を請け負うことはほとんどないが、しかし、だからといって、人の命を奪うことに躊躇などはない。上からの命令によって、静かに、そして素早く任務を遂行するだけなのである。
 そして今回、彼が請け負ったのが、ウィンストン国の次期国王であるハロルドの素性を明らかにすることだった。第一王子であるハロルドが、勉学のため、どうやら上流の学校ではなく、下流の学校に入学するらしいとの情報を受け取ったリヴェットは、以前から目障りだったウィンストンを再起不能にするため、王子を暗殺することを決断したのだ。
 今のところ、ウィンストンに男児はハロルドしかいない。彼さえいなくなれば、ウィンストンは混乱すること間違い無しなのだ。すぐにまた妾によって男児が産まれることもあるかも知れないが、ほんの少し、ウィンストンを混乱に陥れるだけでも十分だ。その間にウィンストンを攻め入ったり、貿易を独占したりと、できることはたくさんある。
 ソルは少々素行は悪いが、その実力は確かだ。今まで影から刺客達の手引きをしていたソルだったが、今日ようやく一国の王子を相手取った大きな仕事を任されたのだ。
 いよいよ、俺の真価が発揮できる時か。
 ソルはようやくこの時が来たかとワクワクしていた。


*****


 三人目は、単直に言えば、不憫な秀才、ノエルである。彼は、上流の学園にて、おそらく上位はゆうに狙えるだろう実力を持っている。ではなぜ、このような中級の学校に来たのか。その理由は簡単である。入学試験に失敗したためだ。
 聞くも涙語るも涙な話だが、このノエル,実に不憫な体質をしていた。緊張すると、気分が悪くなって吐き気や腹痛を起こしてしまうのだ。幼い頃からのその体質により、彼が満足に実力を出し切ったことは、今までに一度だってなかった。
 かつてノエルは、ニコルズ家嫡男として、両親はもちろんのこと、親戚中から期待されていた。ニコルズ家は古くから書記官や文官、果ては宰相を輩出してきたことで有名だ。ノエルも、当然のようにその道を行くことを期待されていたのだが……不幸な体質のせいで、皆から落胆され、蔑まれ、挙げ句の果てには見放された。
 ニコルズ家にとっては遙かに格下のトラヴィスに入学することになり、ノエルはもはや誰からも相手にされなくなった。
 せめてトラヴィスに入学できたことも、良い厄介払いができたとでも思っているのだろう。
 ……たとえ、そうだとしても。
 ノエルはまだ諦めていなかった。きっといつかは、この厄介な体質を克服し、嫡男として立派な道を行ってやると。
 そうなれば、トラヴィスでの生活など、そのための足がかりでしかない。ノエルは、ここでも勉学のために集中するつもりだった。友人など作らず、ひたすら真摯に勉学に打ち込み、その姿を家族や親戚に見せつけるのだ。


*****


 四人目は、賭け事も酒も女も大好きな――いわゆる、自身の欲望に忠実な少年レドリーである。
 彼の家系は、先祖代々伝わる慇懃な騎士の家系ではあるものの、レドリー自身にその自覚はあまりない。そもそもラドフォード家には五人もの息子達がいたし、レドリーはその末っ子である。従って、両親の愛情は全て兄たちに向けられたし、レドリーは兄たちにすら構われることなく育った。その結果、彼は自由奔放に生きることを覚えたのである。賭け事をして回ったり、酒を飲み歩いたり、女性と遊んだり。連日遊び歩いても、彼を叱る者はいない。
 ラドフォード家がようやくことの事態に気づいたとき、レドリーはもはや手遅れであった。金持ちレドリー、女たらしのレドリー、酒豪レドリーと、巷では様々な通り名がついていた。
 騎士として有名なラドフォード家としては、大変な不名誉である。
 これを重く見たラドフォード家当主は、何度かレドリーと話し合ってはみたものの、笑って受け流したり、軽い調子で言いくるめたりと、反省の余地などない。
 決して性格が悪いわけではないが、自分の欲望に忠実すぎるレドリーを……ラドフォード家当主は、トラヴィスに送ることにしたのだ。ラドフォードの地位、財力を思えば、もっと格式ある学校に入れることもできる。だが、都市から遠く離れたトラヴィスに送ったのは――少しでも彼が更生してくれればという思いもあり、かつ、更生しなければ、勘当するぞという意味もあった。
 レドリーは、自身のこの危うい地位について、まだ自覚していなかった。ただ、都市から離れているなあとか、せっかく口説いている最中の女性が何人かいたのにとか、軽く考えるばかりである。
 まあ、またここでも行きつけの酒屋を見つけよう。
 そんな風に思うくらいには、レドリーは自分の状況を楽観視していた。


*****


 そして五人目。彼――いや、彼女の名はセシリア。生物学上、れっきとした女性である。彼女がなぜここに入学するに至ったのか、それには複雑な事情がある。まず、彼女の家に男児が生まれなかったこと。これが一番の原因だろう。母はセシリアが幼くして亡くし、また、当主も後妻を迎えるつもりはなかったので、セネット家には跡取りとなる男児がいなかった。
 このまま跡取りがいない状況が続けば、セネット家は爵位を返上しなければならない。だが、それでは、セシリア含む、まだ幼い妹たちが路頭に迷うことになってしまう。そこで当主が考えついたのが、セネット家の親戚に男児が産まれるまで、セシリアが跡取りとして生活するということだった。跡取りがいれば、その間爵位は返上しなくてもいい。
 つまり、親戚に子どもが産まれ、そしてその子どもが男児であれば――晴れてセシリアの役目は終わるのだ。
 貴族の跡取りともなれば、それ相応の学校には通わなくてはならない。セネット家はあまり裕福ではなかったので、高位の学園には通えなかった。仕方なしに当主が苦心して見つけたのが、トラヴィスだった。
 三年我慢するだけだから。一人部屋だから。何とか支援はするから。
 そう哀願され、セシリアは渋々承諾するに至った。
 せめてそれまでは、なんとか女と気づかれずに生活できれば。
 そう祈って止まないセシリアである。


*****


 それぞれに複雑な事情があり、トラヴィスに入学することを心待ちにしている者もいれば、一方そのことを嫌悪している者もいる。
 果たして、彼らの寄宿学校生活はどうなるのだろうか。
 この物語は、このワケありな五人が寄宿学校に入学するところから始まる。