01:貴族というものは


 フォーラム家は、ごく一般的な貴族家庭とほとんど変わらなかった。家庭に無関心な当主、自分のしたいことだけをする妻、そして少々我儘に育った娘。場合によっては、当主が妾を大勢こさえたり、妻が金の亡者だったり、息子が当主暗殺を企てたりすることも多々ある。貴族の数だけその内実は様々だったが、どの家庭も平民に比べ冷え切っているという点では共通していた。

 さて、このフォーラム家、確かに家庭内は冷え切っていた。もともと当主と妻は政略結婚で、互いに愛などは無かった。妻が第一子を授かると、義務は果たしたとばかり、当主は再び仕事へと戻った。妻も妻で、子を産むまで表向きは部屋で大人しくしていたのだが、裏では屋敷を抜け出し、女同士のお茶会や夜会に出かけてばかりだった。それは、娘が誕生しても変わらなかった。

 さすがに妻は、不倫こそしなかったが、娘を放っておいて遊び呆けていることに変わりはない。当主もまた然り。

 娘は、知らず知らずのうちに愛に飢えていた。会いに来ない母親、滅多に家に帰って来ない父親。気づけば、娘は周りに我儘を貫くことで、いつしか憂さ晴らしするようになっていた。

 周りは、どれだけ自分のことを許してくれるのか。どれだけ自分のことを思っているのか。そんな遊びじみたことをやるようになっていたのである。そうして、いつしか我儘の歯止めが利かなくなって、貴族令嬢にありがちな、高慢な少女へと成長していった。

 フォーラム家は、もはや再起不可能に見えた。表向き、貴族家としては、確かに何も問題ないように見える。仕事熱心な当主は、お金の使い方が荒いわけでもなく、むしろ倹約家だったし、妻も不倫するでもなく、お茶会の出席に精を出し、伝手や情報を得ていただけ。娘だって我儘だが、令嬢らしく、マナーや教養は人並みに学んでいた。そう、何も問題はないのだ、表向きは。

 しかし、その内実、家族としては大問題だ。互いが互いに無関心で、家族らしく共に食事を摂ることもない。一人、自室で食事をするのが当たり前だった。それが、彼らの日常だった。

 しかし、そこに産まれる新たな子ども――少女がフォーラム家を変えることとなるのだが、それがまるで分かっていないかのように、その扱いはぞんざいだった。

 冷遇していたわけではないが、その命のすぐ後に産まれた男児によって、否応なく放任されることとなった。

 フォーラム家にはもともと娘しかいなかった。よって、待望の嫡男ということで、その誕生は盛大に祝われたのである。同時にその男児の待遇は丁重に、そして過保護になった。女子ということで比較的弟よりも大人しかったその少女は、乳母からも、そして使用人たちからも放任されていた。彼らは、甘やかされることで我儘かつ生意気に育っていた男児の世話で忙しかったのである。

 そういうわけで、特に周囲と関わらずに育ったその少女フェリスは、自分自身も周りに関心がない、どこか冷めたような少女に育ったのである。

 子供が新たに二人産まれたからといって、フォーラム家がすぐに変わることはなかった。いつも通りの、仕事にしか興味がない当主、我が道を進むその妻、我儘な娘、そして新たに加わった他人に無関心なフェリスと生意気な嫡男。

 個性的なこの家庭が変わるきっかけは特にない。しかし、日々フェリスを中心として、何かが確実に変わって行ったことは確かだった。