06:顔合わせ


 式典が終わった後は、早速今後のための会議である。だが、そのためにはまだ準備が必要なようで、討伐隊の一行は、一度小さな部屋に通された。先に到着したのはロッシュで、その後にシアンが続いた。
 先ほどまでの観衆の賑やかさとはほど遠い静かさに、シアンは居心地悪く何度も両手を組み替えた。しばらくお待ちくださいと言われたきり、誰も部屋にやってこない。勇者だという少年は、椅子に腰掛け、どこか遠くの方を見つめるばかりで、シアンには目もくれない。
 沈黙が痛かったシアンは、ぎこちない笑みでロッシュに向かって話しかけた。

「よ、よろしくね。私、シアンって言うの」
「――どうも」

 思った以上に低い声だった。ロッシュはチラリとシアンに目を向けたが、それ以上会話に花を咲かせる努力をしない。
 もとより、ロッシュは仲間となれ合うつもりなどなかった。なれ合えば、きっといつかボロが出る。どんなに修行をしたとしても、自分は結局勇者の弟でしかないし、それ以上には決してなれない。
 五年の修行を経て、ロッシュは力だけでなく、落ち着きと冷静さ、そしてどうにでもなれという諦念を身につけていた。勇者として祭り上げられたからには、やるだけのことはやるが、その先のことはもう知らない。なるようになれ、だ。
 そんなことをつらつらと考えていたロッシュは、シアンが悲愴な顔になったことにも気づかない。
 この寡黙な少年と、今後うまくやっていけるのか。
 早速そんな心配を抱えていたシアンは、沈黙の中、扉の開く音が天からの助けにも思えた。
 ようやく部屋の準備ができたのかと入り口へと顔を向ければ、身ぎれいな格好をした少年と目が合う。シアンよりもいくらか年上か。
 シアンが愛想笑いを浮かべれば、相手方も目元を和らげてくれたので、ロッシュほど気まずくはならなさそうだとシアンは息をついた。

「こんにちは」
「こんにちは。確か魔術師の方ですよね?」
「ああ、うん、そうです。マティ――クレイグ=クレメンツです」
「シアンです。よろしくお願いします」

 シアンとマティスは握手を交わした。和やかに自己紹介はしたものの、互いの笑みに未だぎこちなさがよぎるのは、それぞれ後ろ暗い秘密を抱えているからか。

「君は勇者様だね。僕はクレイグ。よろしく」

 マティスは、果敢にも一人離れた位置に座っているロッシュにも話しかけた。ロッシュは顔を上げ、マティスとシアンとを見つめたが、すぐにまたそっぽを向いた。

「ロッシュだ」
「よろしくね」

 もう一度微笑むと、マティスはシアンと向き直った。どうやら、今のところ友好的なのはシアンのようだ、と。
 マティスの予想通り、気まずいのが苦手なシアンは、精一杯話題を探した。

「クレイグさんって、魔術が使えるんですよね? 私、魔術って見たことないんです。後で見せてくださいね」
「うん、もちろん」

 表面上はにこやかに頷いては見たものの、マティスは内心彼女の言葉を重荷に感じていた。もし失敗したらどうしよう、式典にて、あれだけ盛大に褒め称えられたのに、所詮この程度と思われたらどうしようと、彼の心配はつきない。
 また、マティスは、未だ自分がクレイグと呼ばれることに慣れていなかった。幸いなことに、ここは祖国ではないため、マティスがクレイグと似ても似つかない顔であるとは誰も気づかない。いずれ、クレイグが討伐隊に追いついたときに、仲間達には全てが露呈するだろうが、そこはクレメンツ家の力で何とかなるだろう。お金と権力さえあれば、大抵のことは何でもできるのだ。
 難しい顔でマティスが黙り込んでしまったので、シアンとしては、困惑するばかりである。が、丁度その時、またもシアンを救う音が。
 シアンは一番に入り口に顔を向けた。――背の高い、ガタイの良い青年が立っていた。

「こんにちは」
「こんにちは。もう皆集まってたんだな」
「はい。まだ自己紹介しかしてませんが」

 シアンがそう言えば、ウォーレンは慌てて自分の名を口にした。シアン、マティスもそれに続き、最後には皆の視線がロッシュに集まる。彼も渋々名前を口にし、ようやく皆が自己紹介を終えたことになる。とはいえ、互いの名前くらいしか知らないのだが。

「まだ時間かかるんでしょうか」

 話題になるようなものが見つからず、シアンはとりあえずキョロキョロしながら疑問を口にした。答えてくれたのはウォーレンである。

「部屋の外はバタバタしてるみたいだったな。昼前には会議を始めるという話だったが」
「そうですか……」

 再び部屋は静まりかえる。シアンは手慰みに両手を組み合わせる。ロッシュは頬杖をつき、マティスは息を吐き出し、ウォーレンは首筋に手を当て。
 それぞれが居心地悪そうに明後日の方向を見つめていると、静かな部屋に可愛らしい鳴き声が響いた。

「クゥクゥ」
「――っ!?」

 先ほどまでの落ち着きぶりとは打って変わって、盛大に慌てたのはウォーレンである。こら! と小さな声で叫びながら、キョロキョロと皆を見渡し、マティスと目が合えば、にへらっと誤魔化しの笑みを浮かべる。

「どうかしたんですか?」
「え、いや、何でもない。ちょっと――あっ」

 皆の視線が集まる中、ウォーレンの懐から何かが飛び出し、彼の逞しい身体を駆け上った。そうしてその何かが最終的に落ち着いたのは、ウォーレンの右肩である。

「リック! ったく……くすぐったいから止めてくれ」

 諦めたようにウォーレンはその小動物を撫でた。リックは、心底嬉しそうに再び鳴き声を上げる。
 シアンはパッと笑みを浮かべて、ウォーレンに近寄った。

「可愛いですね。ウサギ……でしょうか?」
「魔獣じゃないだろうな?」

 鋭くロッシュが口を挟む。
 ウォーレンは、平静を装って首を振った。

「変異したんだと思う。魔力は感じないだろう? 魔獣じゃないよ」
「ならいいが」
「可愛い……。撫でてもいいですか?」
「どうぞ」

 恐る恐るシアンが手を伸ばせば、触れるよりも先に、リックがその手に鼻先を近づけてきた。シアンは思い切り相好を崩し、手のひらを広げた。リックはくんくんと鼻を動かし、シアンの手の匂いを嗅いでいるようだ。

「抱いてみる?」
「いいんですか?」

 勢い込んでシアンが聞き返せば、ウォーレンは笑い出した。

「いいよ。リックは人懐こいんだ。ほら」
「あっ……」

 シアンはウサギの抱き方など知らない。だが、両手を広げれば、リックの方から飛び込んできてくれた。シアンが戸惑っている隙に、リックは身軽にシアンの身体を登り、そして定位置なのか、右肩に収まる。リックの可愛らしい顔は見えないが、シアンはそれでも充分満足だった。左手を精一杯伸ばし、その長い体躯を優しく撫でる。

「カァックゥー」
「可愛い。本当に不思議な子ですね。ウサギみたいだけど、ウサギじゃなくて」
「もともと森で暮らしてた子なんだ。一緒にご飯を食べてたら、そのうち仲良くなって」
「大切な友達なんですね」
「そうだね」

 シアンにそう言われ、ウォーレンは少しだけ慌てた。己の言葉を振り返り、言い方がおかしかったかと思い直す。リックが魔獣であるとは、誰にも気づかれてはいけない事実だ。気づかれたが最後、リックは良くて追放、悪くて処分されてしまうだろう。それに、己だけでなく、ウィルクス家にも迷惑をかけてしまう。
 それぞれが事情を抱えているため、皆は余計なことを口走らないよう、再び口を閉ざした。シアンも、この頃になってくると、もう沈黙もたいしたこととは思わなくなっていた。いや、気まずいことは気まずいが、四人も集まれば、この沈黙は自分のせいではないと無理矢理納得することもできる。誰かが話題を提供してくれれば、喜んでそれに乗っかるが、そうでないのなら、勇気を出して口を開く必要もない。
 それに。
 あまり節度もなく話して、聖女らしくないと思われたら、それこそシアンの身が危なくなる。今後命を預けることになる仲間とはいえど、ある意味では、彼らは最もシアンが警戒しなければならない人たちでもある。
 表面上は友好的に、でも決して心は開かないで。
 シアンはそう決心をした。
 準備が整い、神官がやってくるまで、四人はそれから一度も口を開かなかった。ついてきてください、と神官がそう口にした後、誰からともなく、四人はそれぞれに視線を走らせ、黙ったまま彼の後ろに続いた。